第39話 英雄、元仲間を泣かす
「どうしたんだ、ニモフィラ」
立ち上がって肩に手を置こうとすると、スッと一歩足を引いてかわされる。
「ごめんなさい、ジニア。ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
だんだん小さくなっていく声にどうしたものかと悩む。
「とりあえず座ったらどうだ」
椅子を引いて促すが、ニモフィラはなんの反応も示さなかった。
「ジニア様。こちらの方はどなたですの?」
「えっと……」
なんと言って説明をすべきか一瞬迷った。
「俺が前に所属していたチームのニモフィラだ」
それを聞いて三人の雰囲気が変わった。
「そのニモフィラ様がどのようなご用件でジニア様に声をかけられたのでしょうか」
ティアの言葉には明らかにトゲがある。
「……っ」
無言でニモフィラは頭を下げただけだった。
「そのようにされても困りますわ。わたくしは、どのようなご用向きがあるのかと伺ったのです」
「ちゃんと、いって」
声こそ荒立たせてはいないが、二人に歓迎している雰囲気は微塵もない。
明らかに敵対者としてニモフィラを見ている態度だ。
「あー、そんな冷たくしないでやってくれないか。ニモフィラは俺がクビを告げられた時に唯一反対してくれたんだ」
「他のチームでのことですから私たちに口を挟む権利はありません。ですがジニアさんの追放をニモフィラさんが止められなかったのは事実です」
ササンクアまでそんなことを言う。
「そう邪険にしないでやってくれないか。もう終わったことだし、俺も受け入れているんだから」
もともと俺が加わる際にチーム方針には逆らわないと約束していたのだ。
アームドコートの召喚ができない俺にどれだけのことができるかわからなかった。
だからいつ切り捨ててくれてもいいと俺から言い出したことなのだ。
その意味でタンジーとチームには一点の非もない。
なんらかの事情があったのだろう。
あの顔を見ればそれは明白だ。
いつかその理由を俺が知る日が来るかもしれない。
積極的に知りたいとは思わないが。
チームが俺を追放すると決めた。
俺はそれに従った。
それだけでしかない。
「ごめん、なさい……」
「いや、ニモフィラが謝ることじゃないさ」
会話が途切れる。
誰も口を開かない。
重なった沈黙が重くなっていく。
仕方がない。ここは俺が切り出すしかないか。
「元気にやってるか」
問いかけにニモフィラは答えなかった。
別れてからまだそんなに時間は経っていない。
ニモフィラはティアやローゼルに負けず劣らずの輝くような美しい少女だった。
だが今は目の周りが黒く落ち窪み、頬はこけ、肌にも張りがない。
ちゃんと睡眠や栄養をとっているのだろうか。
「さっき、戻ってきてほしいと言ったよな」
細い肩が微かに震えたのがわかる。
それから、もう一度頷いた。
ひび割れた唇が小さく開く。
「お願い、ジニア。見捨てないで……」
見捨てないでと言われても、その、なんだ……困る。
背後で誰かが席を立った気配があった。
身振りでそれ以上の動きを止める。
「俺は今、〈
ゆっくりとニモフィラの顔が上がり、俺と視線が合う。
「だから戻ることはできない」
見開いた瞳の端から涙がこぼれ落ちた。
それはあとからあとからとめどなく流れ、こけた頬を伝い、細い顎から滴り落ち、床を濡らした。
どれだけそうしていただろう。
ニモフィラが目をつむるとひときわ涙があふれて頬を濡らす。
「ごめん……ね」
踵を返したニモフィラが駆け出し、食堂を出ていく。
泣かせてしまったか。
きっと〈
塔へ登ることがチームの目標だったのに、大会優勝後に挑戦宣言をしなかったことからもそれは明らかだ。
「ジニアさん。なにをしているんですか」
「え?」
「今すぐ追いかけてくださいっ。彼女にとって貴方は英雄なんですから!」
「あ、はい!」
ササンクアの声に背中を押されるようにしてニモフィラを追いかけた。
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