第91話 ボールサム、策を巡らす
別荘の一室にボールサムはいた。
ここから見下ろす町並みは彼のお気に入りである。
平民たちが己の足元でせせこましく暮らしている様を見るのが愉快だった。
開け放たれたままの窓から風が吹き込んだのか、カーテンがかすかに揺れている。
「ご指示通りに順次送り込んでおります」
闇に囁く声にボールサムは頷いた。
「ダンジョン内の情報はどうか」
「そちらも抜かりなく。ギルドが得る情報よりも詳細なものを揃えてご覧に入れます」
「くれぐれも悟られることのないように進めよ」
「はい」
このところ我慢を続けていたが、そろそろそれも限界だった。
家柄が低く、能力もたいしたことのない者が優遇されるような場所は早急に手を入れて改善されるべきである。
どこの馬の骨とも知れぬ者が持ち上げられ、それを多くの者が崇拝しているようでは国が成り立たないのだから。
正しくあるべき姿とは、高貴な血を引く者が愚民を支配することだとボールサムは信じて疑わない。
聖なる塔に穢れた者たちが足を踏み入れることなどあってはならないのだ。
あそこは聖なる場所。
何人にも侵されてはならない場所。
塔を中心にこの国は千年の長きにわたり繁栄してきたのだから。
たしかに塔からもたらされたアーティファクトでこの国が栄えてきた面はある。
だが劣化版かもしれないが相応に価値のあるモノはダンジョンでも見つかっているではないか。
それならば平民たちを使ってダンジョンに潜らせ、集めさせればよいのだ。
平民は汗水流してダンジョンに潜り、貴族は屋敷に居ながらにしてアーティファクトを得る。
それでなにも問題はないではないか。
実際、ボールサムも何度か依頼を出している。
グレーパックなどは特によい。
あの料理の味はこの国にはないものだ。
聖塔からの授かりものと言ってもよいだろう。
需要と供給を成立させればあとは上手くいくものだ。
そのカンフル剤を打ってやればよい。
ダンジョンからアーティファクトを回収してくればいい生活ができるようになるのだと信じさせれば、ろくに考える力のない者は喜んで従うはずだ。
それは下級貴族や平民たちにとって似合いの仕事だろう。
だが、それだけでは目的の半分でしかない。
己に恥をかかせた者たちへの復讐は果たされない。
とはいえ、それを表立ってやるほどボールサムも愚かではなかった。
謀略とは密かに進めてこそ効果が高くなることをボールサムは知っている。
始まりの八家の血を引いているとはすなわち、ありとあらゆる手練手管を駆使してきた者たちの末裔を意味しているのだ。
「それで、ギルドの状況はどうなっている」
「手続きに追われて業務が滞り始めているようです。ギルドでは地下一層の未踏破エリアを攻略していく方針が打ち出されているので、既存のチームもかなりの数が動いており、そちらの処理にも負荷がかかっています」
「やはり思った通りか。愚民は単純な思考をしているからわかりやすい」
「貴方様も動かれますか」
「そうだな。頃合いかもしれん」
混乱に乗じて動けば痕跡も消しやすい。
「そちらの作戦は継続せよ。己も時を見て動く」
「はい」
部屋にはボールサムしかいなかった。
カーテンがわずかに揺れていた。
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