第52話 英雄、指名依頼を検討する

「――という案件だったんだが」


 家のリビングでパチェリィから聞いてきた依頼内容を話す。


 レプリケーターの食事で腹がくちくなったのか、俺と一緒にソファーに座っているローゼルは今にも寝てしまいそうだ。

 まぶたが落ちそうになっている。


「ローゼル、大丈夫か? チームの方針を決めなきゃいけないから寝るのは少し我慢してくれ」


「う……ぅん……」


 半分寝ているな、これは。


「わたくしは賛成ですわ。指名依頼をいただけるなんて光栄なことですものね」


「私も前向きに考えているのですが、地下三層に今の私たちが挑戦をしても大丈夫なんでしょうか」


「わたくしたちならばきっと大丈夫ですわ! だって地下三層へは6級であれば行けると言われているのですもの」


「でもそれはあくまで目安ですよね」


 言いながらササンクアが見ているのは俺の目だ。


「そうだな。一般的には地下三層を安全に探索するには5級ぐらいからが望ましいとされている」


「それでは……」


 不安そうなササンクアに心配するなと笑いかける。


「三人とも探索の経験をこれまできちんと積み上げてきているし、戦闘力だって十分ある。地下三層に行っても俺は大丈夫だと思う」


「では決まりですわね!」


 体重をすっかり預けているローゼルの頭を撫でてやる。


「いや、事はそう簡単じゃないんだ。問題なのは依頼品の数と納期なんだよ」


「たしかにスクリーンを10個は多いですね。それも10日でなんて。どうやって持ち帰ればいいんでしょうか」


「俺のストレージなら10個ぐらいは余裕で入る。だからそこは心配しないでくれ」


 ササンクアとティアが「おー」と声を揃えて驚く。


「ではなにが問題だとジニア様はおっしゃりたいのでしょうか」


「スクリーンを一つ二つ見つけてその度に地上へ戻っていたら時間のロスになる。だからダンジョンに潜り続けて探索する必要があるんだ」


「つまりダンジョンに長期滞在することで、肉体的や精神的な負担が大きくなるのを不安視されているんですね」


「そうだ。これまでダンジョンでの滞在は長くても3日だっただろ。これが10日となるとみんなの体にどれだけ負担が増えるかわからない。しかも場所は地下三層だ。魔物も強くなっている」


 俺たちの目標が塔へ行くことである以上、いずれ現地で食料と水を賄い長期滞在する計画は考えていた。

 だがその実行はもう少し先に予定していたのだ。


「どうしてそんな難しい案件をわたくしたちに依頼しようと思ったのかしら。もっと上位のチームなんていくらでもいますのに」


「パチェリィによると、それだけ俺たちが期待されているからだそうだぞ」


 簡単に彼女の立てた予想を伝える。


「つまり、この依頼を無事にクリアできたのならば貴族推薦の有力候補になれるんですね」


 目の前にぶら下げられるニンジンとしては十分だ。

 あとはそれを目指して俺たちに走る覚悟があるかどうかだけ。


「私は賛成します。塔へ行ける可能性を高めるためにもこの依頼を達成しましょう」


「わたくしも同じ意見ですわ。半年後の塔への挑戦が現実味を帯びてきたのではないかしら」


「そうか。わかった。ローゼルは……」


 俺の胸に顔をうずめていたローゼルが顔を上げる。


「ローも、いいよ」


「聞いていたのか?」


「うん。ちゃんと、きいていた」


 そうなのか。気持ちよさそうに寝息を立てていたようだったけど。


「じゃあ、正式に依頼を受けるとしよう。探索の用意が終わり次第出発するか」


 ダンジョンに長期間滞在するためにはそれなりの準備が必要になる。

 忙しくなりそうだ。


「その依頼、ダフォダルおじさまが、だしたのかも」


「ああ、たしかに。おじ様でしたら考えられますわね」


「ダフォダルってあの? 『ダフォダルは如何にして聖塔で90日間を生き延びたのか』のダフォダルか?」


 なんでまたそんな偉い人が俺たちに指名依頼なんかをするんだ。


「……あ、そういうことか」


 このチームにはかつて共に塔へ登った仲間の姪がいる。

 二人のことを知って試そうとしているのではないかというのは十分に考えられそうだ。


「しかしまたとんでもない人が出てきたな」


 現国王の叔父が俺の人生にかかわってくるなんて想像もしていなかった。


「おじさまは、ちょっと、おちゃめ」


 こういうのもお茶目って言うのかねえ。

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