第117話 04 英雄、憧れの人に声をかけられる

「そのあたりの個人的な葛藤は後にしてもらって、ニモフィラよ。そなたの考えを述べるがいい」


「塔が危険な場所だっていうのは探索者をしているわたしはよく知ってる。でもね、ちゃんと準備をして、ちゃんと経験を積んで、ちゃんと気をつければ大丈夫。無理をしなければ簡単には死なない場所よ」


 ニモフィラも視線を特定のどこかへ向けるようなことはしない。

 とはいえ、言った側も言われた側もそこは理解しているのだろう。


「たしかにケガをするかもしれない。でも探索者なら同じミスを繰り返さないもの。少なくともわたしはそう教えられたし、それを実践しているつもりよ」


 そして隣に座る俺を見てにっこり笑う。


 そこは言外に留めておいてもよかったんじゃないかと思うが、俺に発言権はないので黙っておいた。


「そのケガを誰が癒やすと思うのです?」


 案の定、アゼイリアが応じた。


「なにか勘違いをしているようだからはっきり言っておくけど、聖人の癒やしを受ける探索者ってそんなに多くないんだからね? そりゃ瀕死の重傷を負っているのなら話は別だけど、そうでなければ自然治癒を待つんだから。当たり前のことでしょう?」


 そしてその間にミスが起きた原因を探り、同じ過ちをしないための対策を練るのだ。

 休息日はただ体を休めるだけの時間ではない。次にダンジョンへ入るための準備期間でもあった。


「ですが現実問題として、ダンジョンに入ろうとしている聖人は増えています。これをどうするおつもりですか?」


 アゼイリアの視線はオウリアンダに向けられる。


「先ほども申し上げました通り、個別に確認を取り、強制的にチームへ加えられていた場合はしかるべき対処を行います」


「それでは対応がぬるいと申し上げました」


「だがダンジョンで得られるアーティファクトは市場に流通している。それを止めるようなことをすれば自分たちの首を絞めることになるのではありませんかな」


 ダンジョン活用派と思われる貴族の言葉に頷く者が多い。

 ダンジョンから利益を得ている証左とも言える。


「探索者が増えたのはダフォダル様の声明もあった故だと思われます。アーティファクトが市中に出回るようになって国民の生活は以前よりも豊かになったという声は多い。国の活性化に繋がる活動を止めるということは体に巡る血を止めるのと同じこと。それではいずれ死んでしまいます」


「その血が穢れているとわかっていてもですか?」


「我々は清も濁も併せ呑む覚悟を持っていますので」


 鋭い瞳が発言した貴族を睨みつける。

 そこに殺気が込められていることに気が付いた貴族はほとんどいないようだ。


 恐らくそれを読み取ったのは俺たちギルドから来た四人とダフォダル様ぐらいのものだろう。


 居合わせているだけだというのに胃が痛い。

 場違いな場所へのこのこやってきた自分の決断に後悔をしていた。


「儂の発表がこのような事態を招いてしまったのであれば責任を取らねばなるまいな」


「あ、いや。そのような意味で申し上げたのでは……」


 貴族の顔が青ざめる。


「一方でアゼイリアの懸念も理解できる。だからまずはオウリアンダにこの件を預けてみてはどうだろうか」


 無言でアゼイリアは頭を下げる。


 禁足派の急先鋒とはいえ、ダフォダル様の発言には逆らうことができないようだった。


「というわけで、よしなに頼むぞ」


「はい」


 そこからはダンジョン再開に向けた具体的な方策について話し合われることになった。


 結局、俺は一言も発言することなく会議を終えた。






「お疲れさま、ジニア」


 会議が終わったところで机に突っ伏した。

 精神的な疲労感が半端ない。


「俺は二度と貴族がやってる会議なんてものには参加しないからな……」


「そう言うな。お前がそこにいてくれたお陰で俺の発言にも重みがついたからな。感謝してるぞ」


 オウリアンダは笑いながら俺の肩をバンバンと叩く。

 痛いからやめてくれ。


「こういうのには向き不向きがあるだろ。絶対、マグノリアのがよかったって」


 堂々とした体躯もあるマグノリアの方がずっと押し出しがいいだろうに。

 彼だって塔に入った英雄なのだし。


「少しいいか」


 威厳のある低い声に思わず背筋が伸びる。


「大叔父さま、お疲れさまでした」


 顎に手を当てたダフォダル様が頭からつま先までを確認するようにニモフィラを見る。


「少し体重が増えたか」


「ぐっ。そうだけど、でもそれは――」


 今度は手を伸ばして両肩に触れ、それから腰、背中、太股をまさぐっていく。


「よい筋肉の付き方をしている。つまりよいトレーニングを積んでいるということだな」


 褒められたニモフィラがニカリと笑った。


「そなたが英雄のジニアだな」


「は、はぃ」


 声が裏返った。

 ニモフィラが後ろを向いて肩を震わせている。


「活躍は儂の耳にも入っておる」


 差し出された手が握手を求めていることに一瞬気が付けなかった。

 慌てて手を握る。分厚い手をしていた。


「次の大会にも参加する予定かね」


「そのつもりです」


「そうか。塔へ再戦した英雄は少ない。そなたの挑戦がどうなるか見守っておるぞ」


「あ、ありがとうございます」


「すまぬな、オウリアンダ。迷惑をかける」


「いいえ」


「よかれと思ってセンパティから献上されたスクリーンを国中に設置させたが、このような騒動になるまでは考えておらなんだ」


 今の話の流れからすると、例のスクリーンの回収を依頼したのはダフォダル様ではないってことか。


「またなにかあれば力を借りることになるかもしれぬ。その時は頼む」


「お任せください」


 オウリアンダの言葉に笑ったダフォダル様は鈍色の髪をなびかせて歩み去る。


「声、裏返ってたよ」


「仕方ないだろ。俺だって緊張ぐらいする」


 憧れの人に会えば誰だって同じだろうさ。

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