第116話 03 英雄、驚きの関係を知る
「あれはどういう人なんだ?」
隣に座るオウリアンダに小声で尋ねる。
「鏡会の長老の一人でな。アゼイリア・フルトハンザ様だ。ダンジョンに対してあまり好意的な考えを持っておられん」
先ほどの意見と態度でもしやと思う。
「あれが禁足派ってやつか」
その声が届いてしまったのか、アゼイリアの視線が俺に向けられた。
神妙な顔をしてやり過ごしておく。
あまり目をつけられたい相手ではない。
「たしかにそれが事実であれば由々しき事態ですな」
黒髪の貴族が同意すると言いたげに頷いている。
「まずはそのようなチームが本当にいるかを洗い出し、行き過ぎた行為がなかったかを調べてみてはいかがでしょう。できますか、ギルドマスター殿」
「それは可能です。むしろ意に添わぬ形でチームに加えられているのでしたら是正する必要があるでしょう」
「それでは対応がぬる過ぎますっ。不正行為を働いた者には厳罰をもって対処すべきです」
「探索者とて人の子。自分の命は惜しいのでしょう。生き残るために手を尽くしているとも言えるのでは?」
視線を背けていた貴族の一人だった。
「それで他の民に癒やしの奇跡が届かなくなってもよいと仰るのですね?」
「いや、そういう話ではなく――」
「そういう話ですよ。鏡会はなるべく平等に民と接するようにしているにも拘わらず、いつもいつも横車を押してくるのはどなたなのでしょうか?」
鋭い指摘に貴族は口ごもってしまう。
これでは自白しているのと同じだ。
ここ最近、一気にチーム登録者が増えていた。その対応でギルドの事務処理が一時的にマヒしたほどだ。
この背景に貴族たちがいたのだろう。
自分たちの息のかかった者を探索者として登録させる。そして少しでもアーティファクトの回収率を高めるために貴重な聖人をチームに加えさせようと圧力を鏡会にかけていた。そんなところだと思われる。
「ダンジョンが危険な場所であることに論をまたないでしょう。なぜ、あえて危険場所へ行くのか。そんなことをせず地上に種をまき、作物を育て収穫するのではいけないのですか?」
「それとこれとは話が別でしょう」
「どこが違うというのです。人は地上だけでも生きていくことは可能です。ダンジョンなどという危険で不浄な場所があるから人は迷うのです。ですから――」
言葉を切り、たっぷり時間をかけて全員を見渡す
「ダンジョンなど今すぐにでも破壊してしまうべきなのです」
なるほど、これが禁足派の意見なんだな。
半ば圧倒されつつ考える。
たしかにダンジョンから得られるアーティファクトがなくても人々は生きていけるだろう。
昨日と変わらない今日がきて、そして明日がやってくる毎日が淡々と続いていくだけだ。
そこに成長や刺激といったものはない。
「どうしてそういう飛躍したことを言うのよ」
アゼイリアの視線が俺の隣に座るニモフィラに向けられた。
「ここは探索者風情が意見を述べる場所ではありません」
じゃあなんで俺はこんな格好までして参加させられたというのか。
恨み言の一つもオウリアンダに言いたくなる。
とはいえ、俺の意見などこの場では求められていないのも事実だろう。
あくまでオウリアンダを通じてダンジョンの現状を伝えるための説得力をつける以上の役割は期待されていないはずだ。
「貴族なら口を出していいっていうこと?」
アゼイリアは目を眇めるだけでなにも言わない。
「そのようなことはないぞ。ここは円卓。席に上下はない。誰もが平等に意見を述べることができる」
ダフォダル様の声にどこか楽しんでいる雰囲気が感じられる。
それを信じて俺が口を開けば出席者から集中攻撃を受けるのは間違いないので黙っておく。
何事も人には領分というものがあるのだ。
タンジーとニモフィラは下級とはいえ貴族出身だからそこまでお咎めもないだろうが、平民の俺ではそうもいかない。
むしろオウリアンダやギルドに迷惑をかけてしまう。
「それに儂もそなたの意見には興味がある。現役の探索者としての言葉を聞かせて貰えんか」
「いいの、大叔父さま。この場にはわたしが意見を言うのを面白くないと思う人もいるのに」
「構わんかまわん。儂はかわいい大姪の意見を聞かせて貰いたいからな」
……ん?
今、大叔父様と大姪って言ったのか?
「ははは。お前の隣に座る英雄が泡を食っておるようだぞ。知らせておらなんだのか」
「だってあんまり人に言うことじゃないし」
「ちょっと待った。ニモフィラ、お前、まさか……」
大叔父っていうのは父親の親の弟だよな。
それってつまり――。
「うん。わたしのお父様は今の国王であるデウツィア・オービタルなの」
開いた口が塞がらない。
「……そういうのはもっと早く言うもんだろ」
「ごめん。でもジニアには言わなくてもいいかなって」
でもってなんだ、でもって。
どういう理由なんだよ。
左右を見ると、タンジーとオウリアンダがなんとも表現の難しい表情をして俺を見ている。
「……お前たちは知っていたんだな」
「チームキャプテンだからな」
「ギルドマスターだからな」
じゃあ、塔から戻った英雄の俺にだって教えてくれたってよかったんじゃないか!?
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