第115話 02 英雄、賢人会議に出席する

 二階にある貴族エリアに平民が足を踏み入れることは人生において一度もないのがほとんどだ。


 もちろん例外はいくつかある。


 探索者として聖塔へ登ることもその一つだ。

 なにしろ塔には貴族エリアから入るのだから。


 平民である俺が再び貴族エリアに入ったのはなんとかいう会議に出席するためだ。

 そのためにわざわざ衣装まで新調する羽目になったのだが。


「……ぷふっ」


「笑うな」


「だ、だってぇ。ジニアの、そんなか、格好を見たら……くくっ、う、うううぅ……我慢したいのに、こんなの、我慢できないってば。あははは!」


 正装した俺の姿を見て笑うとは酷い奴だ。


 口元を隠して笑うニモフィラはスカート丈が長く、肌の露出の少ないドレスで着飾っている。

 深い青色の服とアップにした銀髪がよくマッチしていた。


 悔しいが美しいと思う。

 ニモフィラはシーグルという下級貴族の娘であり、そもそもが人目をひく器量よしだ。だから当然と言えば当然なのだが。


 円形の大きなテーブルに俺たちは座っていた。

 まだ貴族のお偉いさんたちは姿を見せていない。


 ギルド側の参加者は俺とニモフィラを含めて4名。

 他はギルドマスターのオウリアンダ・カンタスリンクと〈不屈の探索者ドーントレスエクスプローラー〉のキャプテン、タンジー・ラウダだ。

 それぞれこの場に相応しい格好をしている。


 ティアたちのアドバイスに従って服を新調しておいてよかった。

 いらぬ恥をかくところだった。


 背の高い扉が開く。


 入ってきたのは首から小さな鏡を下げていた。

 ササンクアやヒサープと同じ聖塔神鏡会せいとうしんきょうかいの人たちだ。


 先頭はいかにも地位が高い人物だと思わせるような豪奢な衣装を着ている女性だった。

 後ろに従っている男性が一般信徒の着る質素な衣装なので差が際立っている。


 彼女たちに続いて煌びやかな衣装を纏った貴族たちが三々五々入ってきた。

 まるでこの場には誰もいないかのように談笑しつつ席に着いていく。


 席が一つだけ空いている。

 どうやらその人物が来るまで会議は始まらないようだ。


 ほどなくして最後の人物がやってきた。


「おいおい。マジかよ……」


 小さく口の中で呟く。


 この場に参加している貴族の顔など一人として知らないが、最後の人物だけは俺だって知っている。


 彼こそダフォダル・ファーイースタン・ダニューブ。

 あの名著、『ダフォダルは如何にして聖塔で90日間を生き延びたのか』のモデルとなったその人だ。


 鈍色にびいろの豊かな髪といい、服の上からでもわかる鍛えられた肉体といい、しっかりとした足取りといい、とうに70歳を超えているとは思えない。

 キレのある体の動きを見る限り探索者を辞めてからも鍛え続けているのだろう。


「儂が最後だな。遅れてすまぬ」


 威厳のある声に誰もが自然に頭を垂れた。


「して、今回、賢人会議けんじんかいぎの議題だが」


 鋭い眼光がテーブルに着席する一同を見渡す。


「私から説明をさせていただきます」


 発言をしたのはオウリアンダだった。


 そしてこれまでの経緯とダンジョンでの出来事、今後の方針をどうするかというのを簡潔にまとめた説明をする。


「して、お主はどうしたいと考えている」


「ダンジョンは我々の生活に欠かすことができない存在です。危険な場所を把握し、管理・運用をこれまで以上にしっかりすれば問題はないと考えます」


「たしかにダンジョンから得られるアーティファクトは貴重なものが多い。交易品としても有用ですしな。一時的な閉鎖はやむを得ませんが、ギルドマスターの言うように危険度を洗い直して再設定すれば問題はないでしょう」


 浅黒い肌をした貴族の発言に何人かが反応している。


 貴族の依頼でダンジョンから指定された品を持ち帰ることはよくある話だ。


 俺のチームも灰色袋グレーパック巨大映像幕スクリーンの回収を依頼されている。

 依頼主は明らかではないが、ああいうものを平民が欲することはまずないので、貴族からの依頼なのはまず間違いない。


 特にスクリーンの依頼をしたのはあそこに座っているダフォダル様ではないかと疑っているのだが。

 もっとも依頼主についていらぬ詮索するのはよろしくないので、この先もはっきりすることはないだろう。


「問題はあります」


 乾いた声で応じたのは鏡会の制服を着た女性だ。


「危険なダンジョンに入りケガをする者が増えれば鏡会の負担は増すばかり。ただでさえ癒やしの力を持つ聖人の数は限られているのですよ。それでは民草まで神の御業が届きにくくなります。なにかにつけて重傷を負った自分を優先してくれと探索者はねじ込んできますからね」


 言葉を切ると同時に、わずかに顔を上げてみせる。

 それは相手を見下すような態度とも取れた。


「それだけではありません。最近では聖人にダンジョンへ一緒に入って貰いたいと声をかけ、中には無理矢理にでもチームに加えていると聞き及んでおります」


 浅黒い肌をした貴族をはじめ何人かが明後日の方向を見ている。


「探索者としての経験もろくにない聖人がダンジョンでやっていけると本当にお思いなのでしょうか? 必ず守るから大丈夫? ケガを癒やして貰うだけでいいから? 貴重な聖人を便利な道具だとしか見ていないのではありませんか? そのような行為もダンジョンで貴重なアーティファクトが得られるのだから許されると? あの探索者たちはなにをお考えなのでしょうか? 思い上がりも甚だしいと言わざるを得ませんっ」


 ピシャリと切って捨てた。

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