第四章 英雄、大会にエントリーする

第114話 01 英雄、衣装を新調する

「それでしたら、ジニア様のお召し物をご用意いたしませんと!」


「そうですね。国の偉い方々との会議に出席するのですから、普段着のままというわけにはいかないでしょうし」


 夕食の席で近いうちにオウリアンダと一緒に貴族たちも出席する会議に行くという話をしたら、なぜかそんな流れになった。

 なお、腹がくちくなったローゼルはソファーで丸くなっている。


「俺は探索者だぞ。着飾る必要はないだろう」


「いいえ、違いますわ」


 ティアは人差し指を立てて左右に振る。


「場に相応しい服装は、その人物の見識を表明するんですの。発言をしなくても、この人物は自分の置かれた状況をわきまえているという情報を相手に与え、対話するのに値する人物だと知らせることができるのですわ!」


「なるほど。探索者がダンジョンに入る前に入念な準備をするようなものと考えればいいのか」


「その通りですわ。たとえ正しい情報、筋の通った論を展開しても、その場に似つかわしくない格好をしていては意見を受け入れて貰えなくなってしまいます。場に相応しい服装は最低限のスタートラインに立つためにも必須事項と言えますわ! おじい様の本にある『探索者だからこそ、身なりを整えよ』というのは、まさにこういうことを言っているのだと思いますの」


 貴族のティアが言うことだ。ここは素直に聞いておくべきだろう。


「わかった。だが俺はそっち方面に明るくない。悪いのが服選びを手伝って貰えるか」


「もちろんですわ!」


 目を輝かせたティアの声が弾む。


「ブルーベル。いつもの仕立て屋を明日にでも呼んでちょうだい。急ぎの仕事だと伝えてね」


「かしこまりました」


 部屋の隅で控えていたメイドのブルーベルが頭を下げる。


「ちょっと待った。仕立て屋ってなんだ? 店に行って服を買うんだろう?」


「え?」


「え?」


 ティアも驚いたように俺を見ている。


「そういう服は仕立物師に依頼して作るのが普通ですよ。私も鏡会の儀式で着る服はそうやって作って貰いましたから」


「なるほど。そういうものなのか」


 俺の生きてきた世界とはルールが違い過ぎてよくわからないが、ティアやササンクアがそう言うのだ。

 下手に持論を振りかざすよりも大人しく従うべきだろう。


「フォーマルな衣装を身に包んだジニア様の姿を見るのが今から楽しみですわね! きっと紳士然としてご立派に違いありませんわ!」


 やけにティアは鼻息を荒くしていた。






 翌日、ティアが懇意にしている仕立物師が家にやってきて、俺の体のサイズを測り、いくつか質問をした。


 とはいえ俺が聞かれたのはどういう場で、他にはどういう人が参加するのかぐらいでしかない。

 あとはティアたちがあれこれと注文をしているのを眺めているだけだ。


 途中、仕立物師が持参した布を俺の体にあてながら、ああでもないこうでもないと盛り上がっていたが、俺にはさっぱりの会話だった。


 会議が開かれるまで日はなかったが、「お任せください」と仕立物師は請け負って去っていった。






 そして会議の前日。

 仕立物師は約束通りに俺の衣装を用意してくれた。


「細かなところの調整はこの場でいたしますので、試着をお願いできますでしょうか」


 後ろがやけに長い上着を持って困惑していると、ブルーベルとペチューニアによって部屋まで連行される。

 そして手早く着替えさせてくれた。


 こういうのに慣れていないので恥ずかしかったが、着方がわからないのだから任せるしかないと自分に言い聞かせながら耐える。


 パリッとしたシャツに、丈が短めで袖のないベストを重ね着する。さらにその上からまるで鳥の尾羽のように後ろの長い上着を羽織る。

 サスペンダーでグレーのズボンを吊り、靴は踝が隠れるぐらいのブーツを履いた。


 ペチューニアが小瓶に入ったよい香りのする液体を手に取り、髪に馴染ませるようにして形を整えていく。


 ブルーベルが持った鏡に俺の姿が映っているが、正直な話、鏡の中の自分は俺ではないと思った。


 本当にこんな格好が必要なのだろうかと首を傾げながら部屋を出て、みんなが待っているリビングへと向かう。


「どうだ。似合うか?」


 そう問うと三人から黄色い声が上がった。


「シショー、カッコいい!」


「ともて素敵ですよ」


「……はぁ」


 うっとりとした表情でティアがため息をついている。


「わたくしの見立てに間違いはありませんでしたわ」


「どこか不具合はありますでしょうか?」


 仕立物師の問いに、体を捻ったり、膝を曲げたりして動きやすさを確認してみる。


「肩が上がりにくいな」


「それはそういうものですから」


 この格好で戦ったり探索したりするわけではないのだから納得するしかない。


「失礼します。袖の長さも問題ないようですね。裾はいかがしましょうか」


 履き慣れないブーツだが、裾を踏んで転ばないのなら問題はないだろう。


「いいと思う」


「それはようございました」


「いい仕事をして貰いましたわ」


「ありがとうございます」


 いつもは店で服を買っていたから、こういう場合の支払いをどうすればいいのかわからない。


「支払いはいつもの通りで構わないわね」


「はい。それでは失礼いたします」


 どう切り出そうかと思案しているうちに話は終わってしまい、仕立物師は帰ってしまう。


「悪い。こういうのっていくらぐらいするんだ?」


 金には苦労していないから支払いに問題はないと思うのだが。


「お気になさらないでくださいませ。日ごろお世話になっているジニア様へのせめてもお礼ですもの」


「いや、そういうわけにはいかないだろう。アドバイスして貰った上に支払いまでというわけにはいかん」


「いいの。シショーは、気にしないで。ティアとローの、プレゼント、だから」


 上目遣いで言われると弱い。


「……わかった。ありがとう」


「いいえ。むしろ、これからもよろしくお願いいたしますわ!」






 後日談。


 会議に行くのに一度だけ袖を通すというのは惜しかったのと、もう少しまともに見える服でお邪魔するという約束を果たすために、この服でフューシャの家へ向かった。


 生憎というか幸いというか、ストレリチアは留守で顔を合わすことはなかった。


 そして肝心のフューシャはというと、なぜだかずっと笑いをこらえていた。


 まあ、約束は果たしたのだからよしとしよう。


 そしてティアには悪いが、この服はお蔵入りすることになると思う。

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