第113話 英雄、仲間と酒を飲む

 タンジーと連れ立ってギルドの食堂へ向かい、空いている席に腰を下ろす。

 それから適当に料理と酒を注文した。


 しばらくは食堂内のざわめきを聞いているだけだったが、組んでいた腕を崩したタンジーの表情を見て、俺も座り直した。


「今回のこと、感謝する」


「ギルドからの依頼だった。ボールサムのことは残念だったな」


 口をへの字にしたままでタンジーはなにも言わない。


 酒が届き、テーブルに料理が並べられる。


「まずは無事に戻れたことを祝して乾杯しようか」


「ああ」


 互いのジョッキを軽くあげてから口をつける。


 相変わらず味の変化に乏しい料理だと思いながらつまみ、酒で流し込む。


 こうして同席することになったのはなんとなくの成り行きだ。

 たまたま一緒にギルドへ呼び出されたからというだけで意図したものではなかった。


 何杯も重ねていくうちに、タンジーの顔が茹でられたかのように赤くなっていく。

 そういえば、こいつはあまり酒に強くなかったように思うのだが。


「これは……言ってはならんことなんだが……ならんのだが、どうしても言いたいことでも……あるのだ」


 さっきからそればかりで話が先に進んでいかない。

 ジョッキを3杯空にしても言い出せないのはどうなんだとツッコミの一つも入れたくなる。


 だが、それだけ堪えていたことなのだというも理解できた。

 きっと酒の力を借りでもしない限り口にできないのだろう。


「俺は……俺、は……今でも、尊敬している。探索者として……いや、男として……俺も……この人の、ようになりたい……そう、思っているんだ」


「そうか」


「そうだ……そう、なんだ。俺は……俺が、探索者になろうと、思ったのは……その人の、ようになりたかった、から……憧れ、だった。ずっと、目標に……していたんだ……」


「うん」


「だから……チームに参加して、もらえたときは……嬉しかったんだ。一歩だけ、かもしれない。でも、その人に、近づけたんだと……思った」


 あの日のことは今でもたまに思い出す。

 俺にとっても泣きそうになるほど嬉しいことだったから。


「戦闘能力がない? アームドコートの召喚が、できない? そんなの、関係ない。英雄が……俺の、憧れがそこに、いてくれる。こんな、嬉しいことが……他にあるか? ない。ないさ。断言できる」


「……ありがとう」


「違う。違う……ちがうチガウちがうチガウ! そうじゃないだろう。あんたは……恨み言を言うべきだ。俺を、口汚く罵るべきなんだ……俺はそれに相応しいことをした。英雄を……くっ……え、英雄を……おお、おおおぉぉぉ……」


 俯いたタンジーが大粒の涙をこぼす。

 あっという間にテーブルの上が水浸しになった。


「俺はな」


 震えていたタンジーの肩が止まる。


「嬉しかったよ。お前に誘われて」


「ひぐっ、う、ううぅ……すまない……すまない……俺は、俺はぁぁ……」


「だいたいのところはキャトリアから聞いた。大変だったな」


「ち、ちが……そんなことは……」


「貴族の世界のことは俺にはよくわからん。だがなんとなく大変なんだろうなというのは想像がつく。むしろ、その時に力になってやれなくてすまないと思っているよ」


「違うんだ……そんなの、俺の英雄が、気にすることじゃないんだ……すべては、力のない、俺の……俺が悪いんだ……」


「そういえばまだ聞いたことがなかったな。なあ、タンジー。お前は、どうして塔へ行きたいんだ?」


 涙でグズグズになった顔を上げる。


「どうして?」


「そうだ。この話は今のチームでよく話題になってな。その度に確認をしているんだ。お前のチームにいた時はそんな話にならなかったからさ。俺は、あそこへ置いてきてしまった仲間と再会するためだ。お前が塔へ行きたい理由を聞いてもいいか?」


「……俺は……憧れだった英雄と、同じ場所に立ちたいから、だ」


「塔へ行けばそれは達成できるのか?」


 しばしの無言。


「いいや。それだけでは足りない」


 真っ赤になった目が俺を真っ直ぐに見つめている。


「ただ背中を追いかけるだけじゃダメだ。背中を見ていたら、いつまで経っても同じ場所には立てない」


「そうだな」


 この男の目標であることを俺も自覚し、目標として相応しい存在であり続けなければならない。


「これからどうするんだ? メンバーの補充が必要だろう?」


 間もなく次の聖塔探索士選抜大会――塔への挑戦者を決める大会が始まる。

 1チーム四人でなければエントリーできない決まりだ。


「俺たちは大会に参加する予定だ。お前たちはどうするつもりだ?」


 巨大なストーンゴーレムや強敵のキマイラに的確なダメージを与えていたことを思えば、いずれタンジーは1級のヘビィアームドになるだろう。


 ニモフィラの機動力は相変わらず高いし、キャトリアの射撃能力も向上していた。


 ここにもう一人、有力なメンバーが加われば二大会連続で優勝も考えられる。

 もっともシクモアたちが最有力候補なのは間違いないだろうか。


「俺の一存では決められない。次はキャトリアとニモフィラの意見も聞いてメンバーを迎えたいと思っている」


「そうするのがいいだろうな。それを承知の上で俺から提案をさせてもらいたいんだが」


 わずかに身構えたのがわかった。


「一人、紹介したい男がいる。とはいえ、そいつはまだ探索者じゃない素人だ。なにしろアームドコートの召喚もできていないからな」


 そんな奴をこのタイミングで加えていては大会で勝ち進むことは不可能になる。

 それを承知で話を進めていく。


「ニモフィラがボールサムを一人前にするんだと息巻いていただろ。そろそろ他人に教えたい時期なんだと思うんだが」


「そうだな」


「それ自体は探索者として成長している証だ。悪いことじゃない。だが生徒は素直な方が双方にとって幸せな結果になりやすいとも思う」


「まったくだ」


 死者をけなすのはよくないが、その意味で前の生徒は落第生だったのは間違いない。


「今は14歳だったかな。ティアやローゼルと同い年なんだが、なんと自力でノービススーツを上半身に纏うという発想に到達している」


「ほう」


 タンジーの瞳に興味の色が浮かぶ。


「そいつを加えたら次の大会には間に合わない。もしかしたら次の次でも期間が足りないかもしれない。だが悪い話ではないと思う」


 腕を組んだタンジーが頷いた。


「ぜひ紹介して貰いたい。チームに迎えるかどうかは二人の判断も加えることになるが」


「ああ、それで構わないよ」


 タンジーの口元が綻んでいる。


「まさかまたジニアとこうして話ができるとは思っていなかった。……ありがとう」


「いつでも誘ってくれていいんだぞ。次はササンクアやニモフィラたちも一緒がいいかもな。二人だけで飲んでいるのを知られたらティアとローゼルになにを言われるかわからんし」


「ははは。その時は例の食事を希望したいのだが」


「お前、好きだったもんな。いいさ。ただし材料はお前持ちだぞ」


 声を揃えて笑う。

 次の酒が届いた。


「では改めて乾杯をしようか。互いのチームの健闘を祈って」


「健闘を祈って。乾杯!」


 ジョッキを合わせる。


 仲間と飲む酒はどうしてこんなにも楽しく、美味いのだろう。

 そう思いながら喉を鳴らした。

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