第112話 英雄、帰還の報告をする

「よく戻ってきたな」


 ギルドマスターの部屋に入るとオウリアンダの熱烈な歓迎を受ける。

 苦しいから今すぐに抱きしめるのをやめてくれ。


 俺の目が覚めてから数日が経っていた。

 今日は救出作戦の結果を報告するために各チームのキャプテンがギルドに顔を揃えている。


 シクモアにも声をかけたのだが、依頼を受けたのは自分たちではなかったからと言われてしまった。

 筋としてはその通りだ。


 だが個人的に感謝の気持ちを伝えるため、日を改めてチーム全員を家へ招待したいという申し出は快く受けて貰えた。


「やれやれ。全チームが無事に戻れたのはよかったんじゃないですかねェ」


 左腕に包帯を巻いたままのチューベローズがそっぽを向きながら呟く。


 救出チームの全員が無事に帰還できたわけではない。多かれ少なかれメンバーに怪我人を出しているからだ。

 ナンダイナは自力で歩くこともできなかったと聞いている。


 幸いギルドの口利きで鏡会から聖人が呼ばれて癒やしの力を受けていた。

 どうやらチューベローズはそれを断ったようだが。


「とはいえ救出できたのは1チームのみ。しかも欠員が出ている。大手を振って成果を誇るわけにもいきますまい。お悔やみを申し上げる」


 頭を下げるマグノリアに同席していたタンジーは短く「お気持ち感謝する」と返した。

 残りの面々も黙礼する。


 残念だが〈壮大な計画グランドプラン〉と〈厳格な道リガァロード〉の救出はかなわなかった。

 どちらも探索をメインにしているチームとして一流だっただけにギルドとしては大きな損失だろう。


 そしてやはり転送トラップで別の場所に飛ばされたであろうボールサムは死亡という扱いになった。


「まさか地下一層から地図の存在しない地下五層に飛ばされるとは思いませんでした。自分たちが戻ってくるだけで精一杯だったのは否めません」


「〈厳格な道リガァロード〉の遺品を持ち帰れただけでもよかったと思うしかありませんな」


 疲れたようなナンダイナにマグノリアが励ますように声をかける。


「遺品が見つかっただけましじゃわい。ワシらの方はそれすら見つけられなかったんじゃからの」


「チッ。もう少し早く向かって入れば助けられたかもしれませんがねェ」


 それは嫌味ではなく、チューベローズなりの悔恨の言葉なのだというのはなんとなくわかった。


 テーブルには各チームの行動詳細がまとめられた用紙が置かれていた。

 未知の魔物や光景についても記述がある。

 どうやら俺たちと似たり寄ったりの状況に他チームとも置かれていたようだ。


「さて。改めて集まって貰ったのは今回の件をどう処理するかを相談したかったからだ。君たちが転送された先のことを便宜的に『地下新五層』と呼称することになったのだが、あそこをどうすべきか。意見を聞かせてほしい」


「そんなもの決まってまさァ」


 ドンと右手をテーブルに叩きつけたチューベローズが真っ先に口を開く。


「実力のある者に解放して調査をする。そこに未知があるのならば挑戦するのが探索者としては当然の選択でしょうに」


「いいや。地下新五層がこれまでのダンジョンから外れた場所であること、そして何よりあそこにいる魔物が地下五層と同等以上と考えられることから、慎重に事を進めるべきだと考えます」


「あァん? そんな腑抜けたことを抜かす奴を探索者とは認めたくないですなァ」


「すでにトップレベルのチームが命を落としている。これ以上の犠牲を出すべきではない」


 チューベローズとナンダイナの意見が真っ向から対立する。


「他の者の意見はどうだ?」


「難易度が地下四層までよりも何倍も高いと感じられた。無事でいられたのは運の要素が大きかったと思う」


 一人欠けた状況でタンジーたちはよくやっていたと言っていいだろう。


「私は封印すべきと考えます。正直、あそこは塔に近い雰囲気を感じました。危険な場所です」


「ほっ。英雄マグノリアともあろう者が随分と警戒をしたものじゃの。じゃが、ワシも同じ意見じゃな。あそこはダンジョンとは別の場所のように思った。正直、得体が知れぬ」


 全員の視線が未発言の俺に集まる。


「塔に近いという意見については半分同意する。だがやはり塔とは違う場所のように思う」


 報告書を手で示す。


「生き物の標本みたいなものを発見したのは俺たちだけじゃなかったようだが、あんなものは塔にいなかったからな」


「お前さんたちは魔獣――キマイラと本当に戦ったのか? ここには倒した後に消えてしまったとあるが」


「ああ。タンジーと力を合わせてなんとかな。犠牲が俺の左手一本で済んだのは、ただの幸運だが」


 元通りに修復された左手をあげてみせる。


「塔で出るのと同等レベルの魔獣と戦えるチームは今のギルドにいつくあると思う?」


「わからん。大会に出てこないチームは手の内を隠しているからな。だが対処方法を知っていればなんとかできるチームはいるんじゃないかな」


 腕を組んだオウリアンダの眉間に皺が寄っている。


「実はな、鏡会から『これ以上、聖人を危険にさらすようならばダンジョンは閉鎖すべき』という意見が寄せられているんだ」


「禁足派ってやつだな」


 俺の確認にオウリアンダが頷く。


「ことはギルド一つで判断するレベルを超えているな。これは国と相談するしかないか」


 そうなってしまえば一介の探索者には関係のない話になる。

 あとは話し合いの結果を待つしかない。


「実際に救出に行った者にも同行して貰いたいのだが、頼めるか」


「俺か? そりゃ構わんが……」


「この中で塔と地下新五層を比べられるのはお前さんしかおらんからの。妥当な人選じゃろうて」


 パンパンと肩を叩かれる。

 痛いからやめてくれ。


「あとはニモフィラにも口添えを頼みたい」


「伝えておこう」


 地下新五層を知っている探索者ならチームキャプテンであるタンジーのが適切なようにも思うが、俺が口を挟むべきことでもないか。


「結論が出るまではダンジョンの立ち入りは禁止とする。これ以上、死人は出したくないからな」


 禿頭をピシャリと叩きながらオウリアンダが締めくくるように宣言した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る