第111話 英雄、部屋で目覚める
前を行く背中がまた遠くなっていく。
この光景を見るのは何度目だろう。
もう数えるのも馬鹿らしくなるほどだ。
お陰で冷静に状況を分析することもできるようになっていた。
悪いのは俺だ。
力が足りなかったのだから、この仕打ちも仕方がないのだ。
だが、だからといって。
このまま置いていかれたままというのは面白くない。
「もう待たなくていい。だが忘れるな。必ず追いついてみせるからな」
背中が小さくなっていく。
不思議と焦りは感じなかった。
そして世界が白く塗りつぶされた。
「目が覚めたみたいですね」
柔らかな表情で見下ろしているのはササンクアだ。
「……ここは?」
前にもこんなことを聞いたなと思いながら口にする。
「私たちの暮らす家です。ここはジニアさんの部屋ですよ」
「ああ、そうか。いつの間に……」
部屋にいるのだから、無事にダンジョンから脱出できたのは間違いない。
シクモアたちのチームもいたから、俺が気を失っている間になんとかしてくれたのだろう。
改めてお礼をしなければ。
左腕で上体を支えて体を起こそうとすると、ササンクアが背中に手を回してくれた。
「もう大丈夫のようですね。あれから3日も眠ったままで心配していました」
「そんなにか。すまない。心配をかけたな」
「フォーサイティアさんとローゼルさんもジニアさんが目を覚ますまでここにいると言っていたのですが、お二人もお疲れでしたから部屋に戻って貰いました」
「そうか」
コップを受け取り水を飲むと人心地ついた気がした。
眠っている間に随分と汗をかいていたようだ。
「肝心な時に意識を失ってばかりで不甲斐なくて申し訳ないが、あれからどうなったのか教えて貰えるか」
「はい」
俺の質問を事前に予想していたのだろう。
ササンクアの説明は端的にまとめられていた。
まずキマイラだが、無事に倒すことができた。
ただし倒した直後にその姿がまるで転送されたかのように消えてしまったのだそうだ。
消えたのはそれだけではない。
あの闘技場のような広い空間もかき消え、殺風景な小部屋になってしまったのだという。
部屋の広さは闘技場とはくらべものにならないほど狭かったそうだ。
当然、タンジーたちは別の場所へ転送されたのだと判断したのだが、扉が開くとそこからシクモアたちが現れたのだという。
シクモアによると、一斉にゴーレムたちが引き上げていったので俺たちが無事に合流を果たしたのだと思ったそうだ。
そして部屋に入ってみたところ、茫然としているタンジーたちを見つけたらしい。
「結果としてタンジーさんたちを救出し、私たちも無事に戻ることができました。私からシクモアさんたちにお礼を言っておきましたが、改めてキャプテンであるジニアさんからもしておいてください」
「ああ、わかった。俺に代わって対応してくれてありがとう」
「一応、副キャプテンみたいな立場にいますからね」
微笑んだササンクアの表情が曇る。
「損害というか被害といえばいいのかわかりませんが、タンジーさんたちが救出しようとしたチームは行方不明のままです。このまま死亡扱いになるのではないかという話をギルドから聞いています。それからジニアさんの左腕なんですが――」
ベッドについていた左手を持ち上げてみる。
なにも問題はないように見えるのだが。
「実は肘から先がほとんどなくなっていたんです」
小指から順に曲げていき握り拳を作り、今度は親指から開いていく。
問題なく動く俺の手だ。
「状態があまりに酷くて、残されていた私の魔力では完全に再生することができませんでした。ミルフォイルさんがいなければ、その左手は失われたままだったかもしれないことを忘れないでください」
「そうか。心配かけてすまなかった」
「……ジニアさんはいつだってそうです。自分を犠牲にしようとする行動が多すぎます」
そんなつもりはサラサラないと言おうと思ったが、俺を見ているササンクアの瞳がそれを許してはくれなかった。
「もっと自分のことを大切にしてください。ジニアさんはアームドコートの召喚ができない状態なんですよ。いくらなんでも無理をしすぎです」
「悪い。わざと危険な選択を選んでいるつもりはないんだ。ただ他に手がなくてだな。あー、その、なんだ……すまない」
「はぁ……」
大きなため息だった。
「あの時、ジニアさんが腕を魔獣の口に突っ込み、炎で金属を溶かして呼吸ができない状態にしなければ倒せなかったとは思います。ですが後先をもう少し考えて行動をしてください。私とミルフォイルさんがいたからよかったとはいえ……あ、まさか……」
ササンクアの目が大きく開かれる。
「そこまで計算の上であの行動をしたんですか? 私だけではなくミルフォイルさんがいればなんとかなると考えて……」
「そうだな。シクモアの話だと千切れた腕でも再生できるってことだったから計算に入れていたのは事実だ。だが炎の中に腕を突っ込むなんて無茶は二度としたくないよ。怖いのは苦手なんだ」
痛みもそうだし、なにより自分の肉体が欠けてしまう感覚は何度も経験したいものじゃないからな。
「彼にもなにかお礼をしておくべきかな」
「それでしたら、今度はシクモアさんのチーム全員をお食事に招待するというのでどうでしょうか」
そんなことでいいのならいつだって招待しよう。
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