第139話 26 英雄、賭けるか悩む
「鏡会がどのような処理をしたのかはわかりません。ところで、その手足はかつてのご自身のものとまったく同じでしょうか?」
ミルフォイルの問いかけに促され、右手を開いて、それから閉じてみる。
思い通りに動く俺の手だ。
だが、これがかつての手と同じかと言われても比較のしようがない。
「わからんよ」
「そもそもなぜそんな状態で塔から帰ってきたのだ。仲間はどうした」
シクモアの問いかけに、ふーと大きく息を吐く。
それは俺が知りたいぐらいだ。
「覚えていない。記憶が曖昧なんだ」
「そうか。肉体だけでなく精神にもダメージを負っていたのかもしれんからな」
だが仲間が塔に残ったことだけは覚えている。
三人の背中を追いかけようとしたのだ。
でも追いつくことができなかった。
離れていく背中を見ることしかできなかった。
今だって夢に見るから鮮明にその光景を思い出すことができる。
なぜそうなったのかはわからない。
だが事実として俺は塔から戻り、仲間たちの姿はここにない。
つまりまだあの塔の中にいる。
だから俺は再び塔に向かうことを決意したのだ。
また会うために。
「す、すみません……」
顔を真っ青にしたササンクアが椅子から立ち上がる。
「気分が優れないので部屋に戻らせて貰いますね」
リビングの隅で控えていたブルーベルがササンクアに寄り添い、体を支えるようにして部屋へ連れて行く。
「かなり具合が悪そうだったな。悪いことをしてしまった」
「いや。シクモアの話は関係ないと思うから気にしないでくれ」
見ればティアはあくびをかみ殺しているし、ローゼルに至ってはこっくりこっくり船を漕いでいる。
そろそろお開きの頃合いだろう。
そこへワゴンを押してペチューニアが戻ってきた。
「ササンクアは具合が悪くなって部屋に戻ったよ。悪いけどそのお茶は部屋まで持っていってもらえるか」
「かしこまりました」
「では私もこのあたりで失礼しよう。今日は楽しかった」
「よかったらまた遊びに来てくれ」
「そうだな。お茶会というのも楽しみにしている」
そのお茶会の主催であるティアはテーブルに突っ伏して寝ていた。
四人を玄関まで送る。
「ところで俺の右手に紋章を取り戻すにはどうしたらいいんだ?」
何気ない問いかけにミルフォイルが振り返る。
「確実ではありませんよ」
「構わない。このままでいるよりはいいだろうし」
「神の御業に頼ることです。もう一度、その右手を失い、再生させればいいでしょう」
「それは……」
簡単なようでなかなか度胸のいる話だった。
幸いにも俺たちのチームには癒やしの奇跡を使える聖女のササンクアがいる。
彼女に頼めば力を行使してくれるだろう。
とはいえ、また手を失うことに躊躇いはある。
そもそも痛いのはご免被りたい。
「ですが神の力で右手を取り戻したとしても紋章があった頃の手なのかどうかはわかりません。場合によっては今のその手になるかもしれないのです」
「あまり分のよい賭けとは言えんな」
シクモアが口の端を曲げていた。
「再生させる部位を絞り込んではどうでしょうか。手首から先なのか、肘から先なのか、肩から先なのか。いっそのこと右半身を再生させてみるだとか」
「パキラよ。他人の体だからと好き放題言うな」
「申し訳ありません。ですがミルフォイルの言葉通りなら中途半端な再生をしても紋章は復活しないわけです。それなら当時失われていた部位――たとえば肘からだとしたら、より体に近い場所から再生させることで紋章があった頃の腕が再生できるとは考えられませんか?」
「……ふむ。一理あるか」
「当時の状況を覚えてないからなあ。鏡会に行けば資料が残っているかもしれんが……」
「仮に肩から先が失われていた場合は半身を損傷させることになります。しかし半身が失われた時点で命の灯は消えているでしょう。神は偉大ですが、私に死者復活の奇跡は扱えません」
死んでしまっては元も子もない。
塔に残してきた仲間に再会する方法が塔を登っていく星になってでは本末転倒だ。
だがわずかな可能性に賭けてみるというのもアリかもしれない。
当時の資料を確認するなり、立ち会った鏡会の人に話を聞くなりして、失われていたのが肘から先ぐらいなら考慮してもいいだろう。
痛いのはイヤだが紋章を取り戻すことができるのならリターンは十分とも言える。
「見よ。ジニアが本気で悩んでいるではないか。まだ大会はあるのだ。私は万全の状態で戦いたいと思っているのだぞ」
「……そうだな。トーナメントの一回戦で当たるか決勝で当たるかはわからないが、今の俺にできるすべてで戦わせて貰うよ」
「楽しみにしている」
言葉遣いよりもずっと柔らかな笑みをシクモアは見せた。
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