第103話 英雄、不気味なものを発見する

「なぜこの者たちはここでキャンプを続けなかったのだと思う?」


 シクモアの問いかけに少し考える。


 ダンジョン内で孤立し、危機に陥った場合は自力でなんとかできる状況かそうではないかを見極める必要がある。

 自分たちだけではどうにもならず、かつ救助が期待できるようならば待つ。


 移動をしたということは、自力で脱出するのを選んだということだ。


 ここには血痕などは残っていない。

 つまりケガ人はおらず、体力的に問題がないから先へ進んだのだと予想できる。


 俺の見解を聞いたシクモアが腕を組む。


「私たちの救出対象は前回大会の優勝チームだったな。つまり戦闘能力に自信があるということだ。同じ状況であれば私も先へ進むことを選択するだろう」


 こうしてわかりやすい形で自分たちの痕跡を残しているのだから、救出チームが送り込まれるのは想定済みなのだと思われる。


 おそらく、この先にはそれとわかるように印が残されているはずだ。

 俺が教えたことを覚えていればそうしていると思う。


 二人分の足音が戻ってきた。

 偵察に出ていたパキラたちのものだ。


「この通路はかなり複雑なようです。いくつもの枝道がありました。今のところ魔物の気配はありません」


「そうか」


「それから道中にこんな物がいくつか落ちていました。なにかのヒントになるかと思い、一つだけ持ってきたのですが」


 パキラの手のひらに乗っている物には覚えがある。


「こいつはマイカの欠片だな。石みたいな塊から薄く剥がすことができるんだ。あとから誰かがついてくる場合の目印として俺も使っている」


「つまり、これを残していった者はジニアの教えを受けた者というわけだな」


「それならこの先の通路が複雑に入り組んでしても後を追うことができますね」


 休憩で少し落ち着いたのか、ササンクアたちの顔色もよくなっている。


「よし。ではその痕跡を追っていくとしよう。パキラ」


「先頭はお任せください」


「私の隣にジニアだ。気が付いたことがあれば教えて欲しい。三人はその後ろに続いてくれ。最後尾はタイムとミルフォイルだ。縦にやや長くなるかもしれんが前後は私たちがいるから安心していい」


 全員が頷く。


「では出発だ」





 暗い通路がどこまでも続いている。


 相変わらず地図にはなにも表示されていない。

 地下五層とはいってもダンジョンとはかなり離れた場所ということも考えられる。


「ここにも印があります」


「右に行ったようだ」


 ここまでは残されたマイカの形からタンジーたちが進んでいったルートを追跡できている。

 どれだけ離れているかはわからないが、この先にタンジーたちがいるのは間違いない。


 先頭を歩くパキラの足が止まる。

 床を確認し、それから壁を調べる。


「ここに部屋がありますな」


 振り返った顔がどうするかと問うている。


「なにか痕跡は残されているのか?」


「いいえ。部屋はスルーしたようです」


「なら我々もそうしよう。このまま進む」




 複数の足音が壁に反響しているが、その音に変化があった。


「どうやらこの先は広い空間になっているようです。ここでお待ちを。先行偵察します」


 ほどなくして戻ってきたパキラはなにやら考え込んでいる。


「報告を」


「それが……これは口で説明するのが難しいので実際に見てもらうのが早いかと思います。こちらです」


 パキラに続いて部屋に入ると、全員が息を呑むのがわかった。


「こ、これは……なん、ですの?」


「生き物? 魔物?」


 通路の先は大小さまざまなガラス製の入れ物が大量に並ぶ広い部屋だった。

 入れ物の中は液体で満たされ、見たことのない姿をしたモノが浮かんでいる。


「生きているんでしょうか……」


 ササンクアは細かく震える指先でガラスの表面に触れている。


 小さなネズミのような個体、長い首を持つ四足獣、鋭い角を持ったケモノ。

 一番大きな入れ物にはディープアリゲーターよりも巨大な魚が浮かんでいる。


「ジニア様! 見てくださいませ! これはもしや伝説の魔物――深海の王者ではありませんの!?」


 興奮するティアの見上げる入れ物に巨大なイカが浮かんでいた。腕の長さだけでも10メートルは優に超えている。

 伝説にあるよりも巨大な姿に圧倒されるしかない。

 幸いなことに巨大な目は虚ろで既に事切れているのがわかる。


「ここはどういう場所なのだ。魔物の姿を保管する場所だとでもいうのか……」


 シクモアも状況を理解できていないようだった。

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