第124話 11 英雄、帰還を知り驚く

 前夜の深酒が祟ったのか、日が少し高くなった頃に寝床から起き出す。


 既に朝食を終えているようで、リビングにある小型映像版ボードの前に三人が集まっていた。


「おはよう。なにか面白い配信があったのか?」


「あ、シショー。これこれ!」


 興奮した様子でローゼルが場所を譲ってくれる。


「ダンジョンが再開されたのか。よかったな」


「違います。その、なんといいますか……」


 ササンクアが口ごもり、ティアは無言で画面を見続けている。


『――先ほど、ダンジョンから無事に脱出したとのことです』


 声に聞き覚えがあると思ったら有名な配信者のゴールデンロッドが映っていた。


 彼には探索配信を取り上げて貰ったことがある。

 そのお陰で俺たちのチームは結成して間もないというのに知名度だけは抜群だ。


「誰かが無事だったのか。よかったじゃないか」


 行方不明になっていたチームが自力で戻ってきたのだろうか。

 それなら喜ばしいことだ。


『――ボールサム氏は衰弱しているようですが、命に別状はないそうです』


「……ボールサムだと?」


 思ってもなかった名前を聞いて画面を凝視する。

 そこには妖精の瞳フェアリーアイによって映されたボールサムの姿があった。


 タンジーたちが転送トラップに引っかかって何日が過ぎただろうか。

 その期間を一人で過ごした割にはやつれた印象はあまり見えない。


「……本物なのか?」


「そうですわね。こうして見る限りは本人のように見えますけれど」


『――ボールサム氏は自分をダンジョンに見捨てたチームについては不問にすると発言をしているそうです』


 ――こいつはなにを言っているのだ。


 メンバーが欠けた場合、チームが全滅すると考えられる場合を除いて助けに行かないという選択はとらない。


 当然、タンジーたちは、はぐれたボールサムを助けに行こうとしていた。

 あの困難な状況においてタンジーたちは最善の手を選び続けていた。


 だがタンジーたちが置かれた状況もまた過酷だったのだ。

 事実、俺たちが助けに向かわなければ全滅していただろう。


 残念だが不慮の事故はある。

 それを承知の上で探索者はダンジョンに潜るのだ。


 それをこの男は――


 拳を置いていた机がミシリと鳴った。


「ジ、ジニアさん……」


「……すまん。驚かせるつもりはなかった」


『――詳しいことやこれからのことは後日、改めて発表するそうですが、なにはともあれ無事だったのは喜ばしいですね。この先も探索者として活躍して貰えたらと思います』


 そう締めてゴールデンロッドの配信が終わる。


「……ストレリチアさんはどうするんでしょう」


「こまったね」


「困ることなんてありませんわ。あの方は死亡した扱いだったのですもの。チームにもストレリチア様にも瑕疵かしは一つもございません」


 当然だが、タンジーたち〈不屈の探索者ドーントレスエクスプローラー〉はギルドで正式な手続きを踏んでストレリチアをチームに迎えている。


 その意味でティアの言うことはその通りなのだが、俺たちが知る限り、あの男にそういうのは通用しないように思う。


 気に入らなければ圧力をかけるのは目に見えている。

 事実、ササンクアをチームに加えた経緯はグレーな部分があったようだし、俺がタンジーたちのチームから追放されたのはあいつのせいだ。


 この先、タンジーたちに圧力などがかからなければいいのだが。


「でも無事だったのは喜ぶべき……ですね」


 ササンクアの言葉にティアとローゼルはなにも言わなかった。

 俺も口をつぐんだままだった。

 なにも言わない方が正解という時もあるのだ。


「わたくしはどうやってあの方がダンジョンで生き延びたのかが気になりますわ。今のわたくしたちなら、ダンジョンの危険さはよく知っています。たった一人で地下新五層に放り出されたとして、無事に生きて戻ってこられるとは口が裂けても言えませんもの」


「ローも。ごはんないと、生きられないし」


 それは本質でもある。


 水と栄養に不安があればダンジョンで生きていくのは非常に難しいのだ。


 その準備をあの男が事前に整えていて、それを十全に活用したのだと言われても首を傾げたくなる。

 そのような経験と知識を持ち合わせているとはとても思えないからだ。


「とはいえ、俺たちには関係ない話だ。タンジーたちについては……もしなにかあれば力を貸してやりたいな」


 今度は好きにさせない。

 俺は俺にできることすべてをしよう。


 あの時、泣いて悔いの言葉を口にしたタンジーに同じ思いをさせたくはなかった。

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