第125話 12 英雄、頼みごとをする
最近は大会参加へ向けての訓練を中心に生活しているのでギルドへ足を運ぶのは久しぶりだった。
いつもと比べれば人の数も少ない。
ダンジョンが閉鎖されているのだからそれも仕方ないのだが。
「こんにちは、ジニアさん。今日はどのようなご用件でしょうか」
受付に立つパチュリィは当たり前のようにすまし顔をしていた。
「大会へのエントリーを正式にしようと思ってね」
少し意外そうな顔をする。
「てっきりジニアさんたちは貴族推薦狙いで大会には出場されないのかと思ってました」
「そのつもりだったんだけどな。なんやかんやで出ようってことになったんだ」
「わかりました。それではこちらに必要事項を記入してください」
チーム名やメンバーの名前を書き入れて手渡す。
「はい。たしかに受付しました。大会、頑張ってくださいね」
「ああ。できるだけのことはするよ」
「そう言いながら、あっさり予選ぐらいは突破してる気がするんですよね」
「随分と高い評価を貰っているみたいだな」
「前回の〈
「メンバーがよかったからな」
「タンジーさんは優秀なヘビィアームドとして知られてましたけど、他の方はそうでもありませんでしたよ。正直、ジニアさんの名前だけが注目されていた部分も大きかったというか、むしろそこだけしか見られてなかったかもしれません」
「へえ。そうだったのか」
知ってたけど。
むしろそこを利用させて貰ったのもある。
実力が劣るのならば相手の隙をつくのはセオリーだからな。
「そういえばご存じでしたか。ボールサムさんのこと」
「ああ。配信で知ったよ。まあ、無事だったのは幸いだな」
「そうですね。ギルドとしては探索者が無事だったのは喜ばしいことです。ギルドマスターも胸を撫で下ろしているかもしれません。ただ――」
パチュリィがそっと体を寄せてくる。
小さな声を聞き逃さないよう、俺も体をカウンターにもたれかけさせた。
「ボールサムさんも大会にエントリーしたんですよ。新しいチームを登録して」
「ほう」
命からがらかどうかはわからんが、無事にダンジョンから戻ってすぐに大会にエントリーを決断するとは元気なことだ。
「新しいチームって、そんなすぐに仲間が集まるものなのか?」
「まるで前からエントリーするのが決まっていたみたいにメンバーが揃っているんですよね」
だがメンバーの名前については口にしない。
どうせすぐにわかることだが、ギルドスタッフがうかつに口にするわけにもいくまい。
「強豪チームとはなるべく対戦したくないものだな」
「盛り上がる試合は見ている側としては楽しみですけどね」
にっこりと笑うパチュリィと別れる。
ついでだから食堂で軽く食べていこうと思って足を向けると声をかけられる。
「よう、英雄。ちょっと付き合え」
ジョッキを掲げているのはベテラン探索者のスノウボウル・マーハーンだった。
昼間から酒を飲んでいるとはいい御身分だな。
「酒は遠慮しておく。この後、訓練があるからな」
「付き合いが悪いの。せっかくおごってやろうと思ったがやめておくか」
「気持ちだけで十分だ」
「フン」
鼻を鳴らしてジョッキを傾ける。
「聞いておるか、例の男の件」
ボールサムのことだろう。
だからわずかにアゴを引いて頷く。
「まあ、無事だったのはよかったの」
とても喜んでいる声音ではない。
ズイとこちらへ体を傾ける。
「どうやら一芝居打っておったようじゃ」
視線だけで次を促す。
「ダンジョンで過ごしていたのは真っ赤なウソじゃよ。タンジーたちが二次遭難になったとみなされて以降に貴族エリアであ奴の姿を見た者がおる」
「一人で脱出したのか?」
「それならギルドに報告するじゃろ。あれがいくら常識知らずとはいえ、その程度の知恵はあるだろうしの」
自分が生きて戻ったことを黙っていたのになにか意味があるのか。
「一人だけ逃げ帰ったのを恥と感じた可能性は?」
「そんな殊勝な心を持っておるのかの。どちらかというと自分だけ無事だったことをことさら誇る方ではないか?」
言われてみればその通りだ。
「このタイミングで姿を見せる理由もわからんしの」
どうやら無事でよかったですね、では終わりそうにないようだ。
「今、タンジーたちは新人をチームに入れて訓練をしているところだ。ヘンな横槍が入らないようにしてやりたい」
「新人はおぬしが紹介したんじゃろう。おまけにタンジーたちと模擬戦闘もしておるそうじゃの」
「詳しいな」
「ほほっ。伊達に何年も探索者をしてはおらんよ。ワシのところにはいろんな情報が集まってくるんじゃ」
「知ってるよ。だからちょっと頼みがあるんだが――」
「わかっとる。あの男の動きを探るんじゃろ。ワシは大会に出るつもりはないし、ダンジョンもしばらく閉鎖されたままじゃ。調べておいてやろう」
「すまん」
「見返りを楽しみにしておるよ」
ニヤリと笑ってジョッキを傾けた。
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