第86話 英雄、トラップに慌てる

 俺の読み通り、わざわざダンジョンの外れにある未踏破エリアを探索しようなんて酔狂者は他にいないようだった。


 お陰で探索の経験を積み放題だ。


 数日をかけてダンジョンの北西に点在する未踏破エリアを順に調べていく。

 移動距離はかなりのものになってしまうが、この辺りの未踏破エリアはほぼ潰すことができた。


「これから確認する場所で北西エリアは最後だな」


「次で13カ所目ですね」


「なにかしらアーティファクトが見つかればよかったのですけれど、なにもありませんでしたわね」


「こういう外れた場所でアーティファクトが見つかることはあまりないからな。だから誰も探索せずに未踏破エリアとして残っていたんだろうが」


「ローは、グレーパックで、じゅうぶん」


 これまでは地下二層以降で見かけるとされていたグレーパックだが、地下一層でも外縁部であればそこそこ発見できることがわかった。


 この情報を喜ぶ者がどれだけいるかはわからないが、少なくともローゼルにとっては嬉しい情報であったようだ。


「この3日はいつもよりも疲れた気がしますわ。今まで誰も足を踏み入れていない場所ということで緊張していたのでしょうか。キャンプで寝ても疲労が抜けていない気がしますの」


「癒やしの魔法が必要ですか?」


「いいえ、結構ですわ。おそらくは気持ちの問題ですので」


「緊張を維持し続けるというのは難しい。だから定期的に休憩をとって気持ちをリフレッシュする必要があるんだ」


 北西最後の未踏破エリアへ向かうために先ほど休憩をとったばかりだ。


「さて。この先にあるが、どうする?」


 俺が指揮を執るか、それとも最後まで三人でやるか。

 その選択を委ねる。


「もちろん、わたくしたちのみですわ! せっかくよい経験を積める機会ですもの。一つとして無駄にはできませんわ」


「そうですね。北西エリアは私たちだけでやり遂げましょう。それはきっと自信につながると思います」


「ローも、いいよ」


「わかった。じゃあ俺はこれまでと同じように後ろにいて口を挟まない。ここが終われば一旦地上へ戻るから、しっかりやってくれ」


 少し下がって三人を見守る。

 ここ数日で俺の定番ポジションと化していた。


「それではまず状況報告をしましょう。私は体力、魔力に問題ありません。道具の消耗もありません」


「ローも、だいじょうぶ」


「わたくしもですわ。先ほどは少し弱音を吐きましたけれど、体力を消耗しているわけではありませんからご安心くださいな」


「わかりました。では次に地図の確認です。ローゼルさん、お願いします」


「うん」


 ローゼルの持つブレスレットに地図が表示され、それを三人で覗き込む。


「かなり小さな部屋のようですね」


「通路の突きあたりみたいですわ」


「そこまで行ってもなにもないと判断されて、誰も近づかなかったというところでしょうか」


「それはこの目で見てから判断いたしましょう」


「いく?」


「ええ。行きますわよ!」


 先頭にはティアが立ち、その後ろにローゼル、最後尾がササンクアといういつもの隊列だ。


「罠に注意してまいりましょう」


 三人は慎重な足取りで進んでいく。

 通路の端にあるためか、周囲の光量が弱めで視界はあまり良いとはいえない状況だ。


「ミニフラッドライトを使いましょう」


 薄暗い通路を照らすライトに導かれるように進んでいく。


「行き止まりですわね。この先に未踏破エリアがあるんですのね?」


「うん」


「周辺の状況を考えると、ここに隠し扉がある可能性が高いと思います」


 三人が壁の前で相談をしている。


「これまで通りの手順でいきましょう。罠に気をつけつつ、壁や床をチェックしてください」


 小柄なティアは側面の壁を、ササンクアは正面の壁を中心に調べ始める。


 ローゼルは扉前の床を調べようとしていた。

 しゃがんだ際に体を支えるために手を壁に伸ばした瞬間、そこにあったはずの壁が消える。


「はれ?」


 消えた壁の向こうにコロリと転がっていく。


「ローゼル!」


 慌てて駆け寄ったが、壁の向こうにいるはずのローゼルの姿は跡形もなく消えていた。

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