第87話 英雄、走る

「しまった。転送トラップか!」


「これが転送トラップ……ジニア様、ローゼルはどこへ行ってしまったんですの!?」


 罠の一つとして話してはおいたが、まさかこんな形で巻き込まれるとは想定していなかった。

 しっかり警戒させておくべきだったが、それを今さら言ったところで意味はない。

 まずは合流するために全力を尽くさなければ。


「ちょっと待ってくれ」


 ブレスレットに地下一層の地図を表示させ、ローゼルの位置を確認する。

 同じチームにいるローゼルの反応は離れていようともここに表示されるはずだ。


「いない……だと……」


 地図をピンチして広い範囲を表示しても、ローゼルを示す光点は表示されていなかった。


「ジニア様!? ローゼルは……ローゼルはどこにいるんですの!」


「別の階層へ飛ばされたようだ」


「そ、そんな……」


 ティアが崩れ落ちる。


「すぐに追いかけましょう!」


 ローゼルが消えたスペースに飛び込もうとするササンクアを止める。


「待て! 不用意に入らない方がいい。転送トラップは同じ場所へ跳べるかどうかわからないんだ」


「そ、そうでした……」


 それにすぐ次の転送が始まるとは限らないし、一定時間が過ぎなければ稼働しないことも多い。


「階層を越える転送トラップがこんなところにあったとは……」


 地下二層の地図を表示してみる。


「いた!」


「ど、どこにですの!?」


「地下二層だ。ここは……南にある遺跡の中のようだな」


 ピンチアウトしてローゼルの光点を拡大していく。

 俺の記憶通りなら、ここに厄介な魔物はいなかったはずだ。


 しかしそれを過信することはできない。

 魔物の生息場所や強さが変化しているのだ。

 なるべく早く合流すべきだろう。


「急いで向かうぞ」


 今はローゼルがパニックを起こして無暗に移動しないことを祈るしかない。


「最短ルートで行く。ササンクア、移動中は全員にシールドを頼む」


「はいっ」


「全力で走るぞ。アームドコートの召喚は各自の判断に任せる。ローゼルと合流できるまで走り続けるから遅れずについてきてくれ!」




 ツイてないことに、俺たちがいた場所から地下二層へ降りる階段は遠かった。入り組んだ通路を最短距離で進んでも数キロは覚悟しなければならない。


 魔物がいるエリアを横切るのも構わずに最短ルートを選択して走る。


 今は戦う時間すら惜しい。

 広間に魔物がいても強引に走り抜けることにする。

 俺にヘイトが向いている間に後ろの二人が通過していく。


 いくつか飛んできた攻撃はササンクアのシールドに任せてただ走る。

 ササンクアたちは自身のアームドコートがあるから俺よりも安全だ。


 他のチームとすれ違うが軽く手を挙げる挨拶だけで済ませ、とにかく先を急ぐ。


 幸いなことにローゼルは転送された先でじっとしているようだ。

 少なくとも生きているのは間違いない。


 ブレスレットを装備している者が死亡すると地図上の光点が消えるようになっている。それでチームメイトの安否を確認できるのだ。

 光点が表示されている以上、ローゼルは生きている。


「ちゃんとついてきてるな!」


 時折、二人がついてきているかを確認する。


「……っ」


 返事はない。二人分の荒い呼吸音が聞こえてくるだけだ。

 振り返ると遅れまいと必死の形相で走る二人がいる。


 地下一層は細い通路が多いので、どうしても曲がり角では速度を落とさざるを得ない。

 だが広い地下二層ならもっと速く走ることができる。


「地下二層に入ったら速度を上げるぞ!」


「は、はい!」


 階段を何段か抜かして飛び降りながら地下二層へ入る。


 地下二層の魔物は一層よりも強い。

 だが狭い通路で魔物と遭遇することもある地下一層に比べれば空間に余裕があるので戦闘を回避するのは容易だ。


 ローゼルは南エリアにある遺跡にいる。

 今いる場所からならそう遠くはない。


 地図を見る限りローゼルはその場にとどまり続けてくれている。

 仲間とはぐれたときの注意事項をちゃんと覚えていてくれたのか、それともケガでもして動けないでいるのか。


 今は考えるだけムダだ。

 一刻も早く合流しなければ。


「ここから南にある遺跡にローゼルはいる」


「ぜえぜえぜえぜえ……」


「はっはっはっはっ……」


 膝に手をついた二人が背中を大きく上下させながら息を整えている。


 ストレージから取り出した水筒を二人に渡す。

 ここで倒れられるわけにはいかない。


「水分補給をしておくんだ」


 汗みずくになった二人は震える手で水筒を受け取る。


「ジ、ジニア様は、はぁはぁ……へ、平気なんです、の?」


「ここまで、走りどおしなのに、ふぅはぁ……い、息が切れていないので……」


「ああ。鍛えているからな」


 唖然とした表情で二人が俺を見る。


「悪いが移動しながら飲んでくれ。いくぞ」


 しばらくは早足だったが、二人が水を飲み切ったのを確認したところでペースを上げる。

 腕を振り、ストライドを広げて走る。


 もう少しだ。


「この先の遺跡にいるはずだ!」

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