第14話 ニモフィラ、憤慨する

「どうして塔に挑戦しないなんて宣誓させちゃったのよ! わたしたち、塔に行くのを目標にやってきたんじゃないの!?」


 声を荒らげたニモフィラがテーブルを叩く。


「一応は優勝したんだし、いいじゃない」


「よくない!」


 取りなそうとするキャトリアを一言で切り捨てる。


「そもそも決勝であんなに苦戦したのはあいつのせいじゃない! 決勝前に言ったこと覚えてる? 『相手は脳みそまで筋肉になっている平民ですよ。己が全員を撃ち抜いてあげますからご安心ください』だよ? バッカじゃないの! その結果があれだよ。ジニアがいたら絶対にあんなことになってなかった!」


 マグノリアをキャプテンとした〈筋肉がすべてを解決マッスルソルバー〉は常に四人が一丸となって行動していた。


 上級のヘビィアームドが津波のように迫ってくる恐怖は対峙した者にしかわからないだろう。


 ライトアームドで前衛のニモフィラはヘビィアームドのタンジーと共に前へ出てけん制するなり、戦うなりで相手の足を止めるのが役目だった。

 相手の足が止まったところをシュートアームドのキャトリアとボールサムが遠距離攻撃でダメージを与えて各個撃破という作戦だったのだ。


 しかしニモフィラたちの予想とは全く違う展開になってしまう。


 2級のヘビィアームドより4級のライトアームドのが組み易しとみたマグノリアたちは試合開始早々、全員でニモフィラに肉薄したのだ。


 ニモフィラは連続攻撃を3つまでは回避したが、4つ目をもらってしまう。


 タンジーが素早く割って入ってくれなければ、そこからの連続攻撃でニモフィラは撃破判定を受けていただろう。


 相手の戦術に不利を悟ったタンジーは積極策を捨て、シュートアームドの二人を背後に庇いつつ時間切れ判定勝ちを狙った。

 結果、勝ちを拾うことができたのだ。


「ジニアがいてくれたら絶対にもっと上手な戦い方を指示してくれてたよ。たしかにジニアはアームドコートの召喚はできないけど、いろんな知識があって、たくさんの経験があって、それをわたしたちにも教えてくれてた! 後ろでふんぞり返ってる口だけ男とは絶対に違うよ!」


「それはちょっと言い過ぎ……ではないわね」


 隣で戦っていたキャトリアがそれを一番よくわかっていた。

 ボールサムは終始相手を馬鹿にし、そして味方を貶し続けていたのだ。


 しかし、相手に最もダメージを与えたのはボールサムだったのだから2級のシュートアームドというのは伊達ではないのだろうが。


「わたしが一番許せないのは塔へ挑戦をしないって宣言をしたことだよ! なんであんなこと言わせたの? タンジーがわたしたちのキャプテンなんでしょ? あいつに勝手なことさせないでよ!」


「タンジーを責めないであげて。貴族としての立場というものもあるんだから」


「そんなの、わたしには関係ないもん!」


「それに今はダブルキャプテン体制だからチーム方針はタンジーだけで決定できるわけじゃないのよ」


 タンジーはなにも言わずに腕組みをしたまま立っていた。


「そんなの知らない! そもそもわたしはあいつがチームに入るの認めたわけじゃないもん!」


「でも決をとったでしょう?」


「わたしは賛成してない!」


 ニモフィラも自分がワガママを言っていることは自覚していた。


 でも許せなかったのだ。

 ジニアを追い出し、ボールサムを迎え入れてしまった今のチームを。


「わたしはおじさまみたいになりたくて探索者になったの。なにも知らなかったわたしにジニアはたくさんのことを教えてくれたわ。素人のわたしと一緒にダンジョンに潜ってくれた。戦闘訓練にも付き合ってくれた。ジニアのおかげでわたしはとても強くなれた。このまま決勝を勝って塔へ行けるんだって思ってた」


 俯くと前髪で表情が隠れてしまう。


「でも、今のチームだとその夢はかなえられないよ……」


 震える小さな肩をキャトリアが後ろから抱きしめる。


「ジニアはもういないのよ。私たちは私たちでやっていかないと」


「だったら……わたしがジニアのところへ行ってチームに戻ってほしいってお願いしてくるっ」


「それは……」


 心底困ったと言いたげな表情をしたキャトリアがタンジーを見るが、タンジーは視線を合わせようとしなかった。


「わかってる。わたしたちが追い出したんだもん。ジニアが帰ってくるはずないよね。でも――」


 ニモフィラの頬は涙で濡れている。


「ちゃんと謝れば、もしかしたらわたしたちを許してくれるかもしれない。チームに戻ってきてくれるかもしれないでしょ?」


「ニモフィラ……貴女、そんなにジニアのことを……」


「だって今のわたしがこうしてあるのはジニアのお陰なんだもん。生まれてからずっといらない子として扱われていたわたしを初めて一人の人間として認めてくれたのがジニアだったんだもん……」


 そこへ風呂に入っていたボールサムがさっぱりとした表情で戻ってきた。


「卿らも風呂に入るといいですよ。汗を流すのは健康にもいいですからね。ああ、女性用も別にありますからご安心を。ここは自分たちの家だと思ってくつろいでくれて構わないですから」


 柔らかいソファーに腰掛け、テーブルに置いてあった水差しを手に取った。

 涼やかな音を立てて果実酒がコップに注がれる。


「ふー、風呂上がりに冷たい果実酒の一杯は最高ですね。心までもが洗われるようです。そしてなにより勝利の美酒ほど美味しいものはありません。ははは」


 一人笑うボールサムを誰一人として視界に入れようとはしていなかった。


 無言のままニモフィラは部屋を出ていく。


「どこへ行くのですか? 己たちは聖塔探索士なのですから迂闊な行動は極力控えてもらわなければ困りますよ」


 ニモフィラの足が止まる。


「塔に挑戦してないわたしたちは聖塔探索士じゃないわ」


 呟くような声はボールサムには届かなかった。


「なにか?」


「なんでもない。ジニアに教えてもらった訓練をしてくる」


 それだけ言ってニモフィラは部屋を出ていった。


 面白くなさそうにボールサムが鼻を鳴らす。


「いけませんね。キャプテンの指示が聞けないなんて。彼女には指導の必要がありそうです」


「必要ない」


 それがこの部屋に入って初めてタンジーが口にした言葉だった。


「チームの足並みを乱す行動は正されるべきでしょう。それはキャプテンとしてやらねばならない行為だと考えますが」


「必要ないと言った」


 低く抑えられた声にボールサムは仕方がないと言いたげに肩をすくめる。


 二人の会話を聞きながら、キャトリアは胃がキリキリと痛むのを感じていた。

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