第13話 英雄、報酬を分ける
「初めてダンジョンはどうだった?」
「本で読むのと現実のダンジョンには大きな違いがたくさんありましたわ。わたくし、頭でっかちになっていたようです。『知識は大切だが、経験も大切だ』おじい様の言葉どおりでした。そしてなにより体力不足を痛感いたしました。もっと動けるようにならなければジニア様の足を引っ張るばかりですわね。申し訳ございません」
「それだけ自己分析ができているのなら大丈夫だ。体力についてはノービススーツを常用することで向上していくから忘れないようにな」
「わかりましたわ」
ぐいと上着を引っ張られて思わずひっくり返りそうになる。
「なんだ?」
「もう、歩けない。シショー、おんぶ」
こんなところで甘えられてもなんだ。困るぞ。
「拠点に戻るまでが探索だからな? これでも口に入れておけ」
ハチミツを固めたモノを口の中に放り込んでやる。
「これ、あまい」
「甘いものを食べたんだからもう少し頑張ろうな」
「うん」
姉のティアに比べるとローゼルは甘え癖があるな。
見た限りでは姉よりも体力に余裕があるようだが。
「…………」
ササンクアは青い顔をしたままだ。
足元もおぼついていない。
「その不調はなにが原因かわかるか?」
「それは……ええ。ですが心配しないでください。慣れるようにします」
「そうか」
本人が問題点を把握していて対処できると言うのならば見守ろう。
どうしても乗り越えられない時は手を貸せばいい。
みんな疲れているだろうがそのままギルドへ向かうことにした。
反省会はなるべく早い方がいい。
魔核を換金した報酬もテーブルの上に置いてある。
ミノタウロスの分があるのでダンジョン探索の初成果としては十分だ。
それ以外にマルチブレスレットとストレージも手に入ったのが大きい。
「胃が受け付けないかもしれないが、体力を回復させるためにもきちんと食事はとっておくんだ。食うことも鍛錬の一環だからな」
「そのセリフはおじい様の本にもありましたわ。『食事は鍛錬の一環である』でしたわね。でも……」
ティアは眉根を寄せてふかしたイモをフォークでつついている。
「ダンジョンで食べた食事に比べると味がありませんわね」
「おいしく、ない……」
別にギルドの食事が特別不味いわけではない。
単純に味付けが平坦なのだ。
「塩を振ればなんとかならないか?」
塔での生活が長かった俺にとっても地上の食事は味気ないのだが。
これは故郷の味なのだと思って口にするようにしている。
「わたくし、ジニア様の食事がいいですわ」
「ローも」
「ここはダンジョンじゃないからな。普通に飯を食えばいいだろ」
材料となる棒クズの備蓄はあるから作ることに問題はない。
だがこういう場で大っぴらにしていい行為でもないだろう。
少なくともここの料理人は気分を害する。
「これはもしかしたら一大事なのかもしれませんわ。わたくし、ジニア様以外のものを受け付けられない体になってしまったかもしれません」
「ローも。シショーの、わすれられない。もう、シショーだけが、いい」
周囲のテーブルに座っている連中がヒソヒソと話している。
他人のいる場所でそういう誤解を招きかねない発言は、その、なんだ。困る。
もう少し慎みを持った発言をしよう。な?
「ごほん。とりあえず報酬の分配をしてしまおう」
このあたりはチームによって方針が異なる。
仕事の量と質を勘案して上下させたり、完全頭割りだったりと様々だ。
「今回は俺を抜いて三等分してもいいと思っているんだが」
「なぜですの?」
「俺は聖塔探索士だから国から恩給が出ているんだ。生活にはまったく困っていない。だからこれからなにかと準備の必要なみんなが報酬を多く受け取った方がいいと思うんだ」
俺の提案に三人は顔を見合わせ、揃って首を横に振った。
代表するようにササンクアが口を開く。
「せめて四等分にしていただけないでしょうか」
「俺は構わんが、いいのか」
「はい。正直、今回の私たちは活躍したとは言えません。事前の準備からダンジョンでの安全確保や食事、戦闘での働き、宝箱。ほぼすべてジニアさんにしていただいたようなものでした」
双子は無言で頷いている。
「この上、ジニアさんに報酬なしというのはあまりだと思います。それに――」
「ジニア様に頼るばかりではなく、わたくしたちに頼っていただける存在になりたいと思っていますの。ね、ローゼル」
「うん」
「そうか……」
三人の真摯な視線がこそばゆい。
「正直、今回は面倒を見過ぎてしまったかと思っていたんだ。なんでもかんでも俺がやってしまってみんなの経験にならなかったんじゃないかってな」
「そんなことはありませんわ。わたくしたち三人だけでしたらダンジョンへ挑戦しようなど考えもしなかったはずですもの」
「そうなのか?」
ティアの視線がササンクアへ向けられる。
「鏡会にとってダンジョンは不浄な場所ですので、本来、許可なく立ち入りはできないんです」
「そうだったのか。すまない。俺が一人で事を運んでしまった」
「いえ。事前にお伝えしていなかった私の落ち度ですから。それに塔へ行くにはダンジョンでの経験が必須というのも理解できた気がします。同時に私たちが多くの面で準備不足なのもわかりました」
「『成長の第一歩は自分に足りない部分を知ることである』おじい様の言葉ですわ」
三人の笑顔には目標がはっきりと映っているようだ。
「おおお! 〈
店の奥にいた連中が立ち上がって歓声をあげている。
「かなり泥仕合になってたけどな」
「次こそは俺たちも大会に出場したいな」
ああ、そうか。決勝は午後からだったな。
「前のチームのこと、やはり気になりますか?」
「いや。今の俺は〈
笑いかけると、三人はほっとしたようだった。
店の奥には
「宣誓があるぞ。ちょっと静かにしろ!」
「ボードのボリュームを大きくしてくれ!」
大会で優勝したチームは聖塔へ挑戦するかどうかを宣誓する決まりになっている。
キャプテンだったタンジーは塔へ登ることを目的としていた。
だから当然――
『我々は塔への挑戦をしません!』
その宣誓をしたのはタンジーの声ではなかった。
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