第35話 英雄、目的を語らう

「わたくしたちも配信に出る以上、もう少し身なりに気を使うべきかしら。おじい様の本にも書いてありましたわ。『探索者だからこそ、身なりを整えよ』と」


 椅子から立ったティアがスカートの裾を持って持ち上げると、膝の上まで足が見えた。

 むっちりとした太股はノービススーツで覆われている。


「お二人はとても可憐ですから、そのままでも大丈夫だと思いますよ」


 貴族の娘だけあって双子の着ている服は上等なものだ。

 艶のある生地を使っており、すっきりと体のラインを際立たせている。


「クアも、にあってる」


「ふふ。ありがとうございます」


 ササンクアは普段から鏡会の制服を着ているから、このまま貴族の屋敷にだって入ることができるだろう。


 当然のごとく三人の視線が俺へ向けられる。


「ジニア様はもう少し身だしなみを整えてはいかがかしら。紳士らしい服装もきっとお似合いだと思いますわ」


「シショーの、かっこいいとこ、みたい」


 二人とも、ちょっと待ってくれ。

 それだと今の俺はカッコ悪いってことにならないか?


 これはあくまで休息日に着ているラフな格好だ。

 そのぐらい、みんなだって知っているだろ?


「大切なのは格好じゃなくて配信の内容だぞ」


 一人でダンジョンに入って安全エリアでキャンプしているところを流すだけだとか、飯を食っているところを延々配信するだけとかって配信もあるんだが。


 正直、なにが受けるかなんてわかったものではない。


「でも見栄えは大切だと思いますわよ。少なくとも見る方が不快に思わない程度の格好でいるのは最低限の礼儀なのですし」


 なんとなくティアから向けられる視線が痛い。


「わかってる。配信の時はちゃんとした格好をするよ」


 探索に行く時はそれ用の格好をしているわけで、普段着で配信をするわけではないのだ。


「配信の内容はいわゆるノウハウ系というものですよね?」


「そうだな。他にはどこに強い魔物がいるから気を付けた方がいいなんて情報も出すつもりだ」


「ではグレーパックがどこに落ちているかといった情報は……」


「それは、だめ。だって、ローたちの、なくなっちゃう」


 ひしと腕をつかまれる。

 ついでに大きくて柔らかいものが押し当てられている。


 人目があるところでそういう行為は……その、勘弁してくれ。


「そういう情報は出さない。探索者の不文律ってやつだ」


 たとえば依頼でとあるアーティファクトを入手しなければならない場合、情報を探索者同士で売り買いすることはある。だが無償で教えることは基本しない。


 情報には価値があるのだ。

 だから俺たちの配信でもそういうことをするつもりはなかった。

 あくまで探索時に知っていると便利なノウハウや危険の回避についてを公開していくつもりでいる。


「考えてみればジニア様の配信を通じてわたくしたちの成長も見られるわけなのですわね。これは気を抜いている暇なんてなさそうですわ」


「きんちょー、する?」


「でも直接ジニアさんの指導を受けられるのは私たちだけとも言えますよね。それはとても贅沢なことだと思いますよ」


 それからどんな内容の配信にしようだとか、衣装はお揃いにしようとかなんて話題で盛り上がりながら楽しい食事の時間が進んでいく。


「やっぱり、シショーのが、いい」


 ローゼルはご不満だったようだが。


「そういえば、ササンクア様は塔へ行ったらなにをしたいのでしょうか?」


「私は鏡会の教義通りのことを行いたいと思っています」


「たしか塔にいる魔物を排除して、頂上にいる神に会いに行くことだったか」


「はい。フォーサイティアさんとローゼルさんの目的は塔の中にある星を見ることでしたよね」


「そうなのですわ。あの、ジニア様。実は前から伺いたかったのですけれど、ジニア様は塔でその……星をご覧になったのでしょうか?」


 期待に輝く瞳で見つめられる。


「いや、残念ながら」


「そう……ですか。残念ですわね」


 とはいえそれほど落ち込んでいるようには見えない。


「なら、みんなで、みる!」


「そうですわね。みんなで星を見るといたしましょう! その日が来るのが、今から待ち遠しいですわ!」


 俺の目的はみんなが知っている。


 かつて共に塔へ登り、残してきてしまった仲間に再会すること。


「きっと会えると思います」


 優しく微笑むササンクアの言葉に俺は無言で頷く。


「ジニア様のお仲間と塔で合流ができたのでしたら、せっかくですからそのまま塔の天辺まで行くのはいかがでしょうか。きっと楽しい旅になると思いますわ!」


「それなら私の目的も達成できますね」


「うん。たのしみ」


 仲間はもう死んでいる。無理だ。諦めろと言った人は何人いただろう。

 でも少なくとも、今、俺の前にいる仲間たちは一緒に塔へ行こうと言ってくれる。


 それがとても、とても嬉しかった。


「ああ。塔に行ける日が楽しみだな」

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