第36話 タンジー、嘆息する

『魔物への対処が実にスムースです。互いを信頼し合っているからでしょうか。それともキャプテンの指示が的確なのか。先制攻撃から確実に魔物を倒していきます』


 今、話題になっているチームの生配信だった。


 そこにはかつての仲間が映っている。


『地下一層から二層へ向かうのは8級ぐらいが目安とされているんですけど、このチームの平均ランクだとそれにギリギリなんですよね。それにもかかわらずこんなに早いペースで進んでいけるなんて驚きです』


 タンジーはスクリーンに映し出される映像を見ながら流石だなと心の中で嘆息していた。


 ここはボールサムの別邸だ。

 貴族たちの暮らすエリアでも最上級の場所にあり、非常に広くて快適な空間になっている。

 下級貴族でしかないタンジーの本宅とは比べ物にならない。


 平民たちの暮らす雑然とした生活エリアから離れているお陰かとても静かだった。


 さっきから聞こえてくるのは恋人とかわす鳥たちのさえずりと涼やかに流れる水の音ぐらいのものだ。

 部屋の中には小川が流れており、室内は適切な温度に調整されている。


 この部屋の一カ月分の維持費だけでも平民の平均年収を上回っているかもしれない。


『あっという間の地下一層攻略でした。この後の食事もまたいいんですよ。ダンジョンで温かい食事がとれるなんて実に素晴らしい。温かくて美味しい食事がこのチームの活力の源なのかもしれませんね』


 かつてダンジョンで食べた食事の味を思い出す。

 食事にはこだわらない性格なのだが、あの料理は忘れられない。


 もっとも、ここで出される料理も似たような味付けなので、その点に関してのみは救われていた。


「こんな配信が人気とは呆れますね」


 そう言い放ったのはこの屋敷の主だ。


 忌々しそうにスクリーンを睨みつけている。

 ちょうどこの映像の主役が大写しになっているところだった。


「どうせなにか仕掛けがあるんでしょう。そうでなければノービススーツだけの無能と下級の連中がやっていけるはずがありません」


 固く目を閉じる。


 最近、眉間に皺が寄っていることが多いとキャトリアによく指摘されるので、グイグイとそこを揉みほぐす。


「あるいは映像に加工があるのでしょう。ほら、今のところなんて実に怪しい。少し映像が乱れていませんでしたか」


 タンジーがクビを言い渡した英雄は次へ向けて着実に進んでいた。


 新たなチームを結成し、ダンジョンへ挑み、結果を残している。


 翻って自分たちはどうか。


 辛うじて大会では優勝できた。

 だが塔への挑戦は宣言できなかった。


 奥歯を噛みしめる。


 あれは仕方がなかったのだ。

 そうしなければ家に迷惑をかけることになっていた。


 あの時の判断は間違っていないと自分に言い聞かせる。


「己がやればもっと短い時間でクリアできますよ。間違いなくね。まあ、やりませんが」


「は? なに言ってるのよ」


 このところニモフィラの苛立つ声をよく聞くようになった。


 どちらかというと大人しい少女だったはずだ。

 控えめで、落ち着いていて、一度として声を荒立たせることはなかった。

 真摯にただひたすらに塔へ行くための訓練を続けてきた。

 少なくとも以前のメンバーの時はそうだった。


「ダンジョンに入ったこともないのによくそんなことが言えるわね」


「なにか勘違いをしているので正しておきましょう。ダンジョンなどという穢れた場所は平民のようないつ死んでもいいモノが這いずり回る所ですよ。生まれながらにして高貴である己には縁のない場所なのです」


 そう言ってテーブルの上にあるフルーツを手に取り一つ口に入れる。


「それにね、入らなくともわかるでしょう。先人が残した知識を得ていますし、なにしろ己は天才ですから。そもそも己は戦闘経験だけで3級のシュートアームドにまで上り詰めているのです。己がダフォダル様の再来と言われているのをご存じないのですか?」


「――っ」


 立ち上がったニモフィラの長い銀髪が揺れる。

 背中から立ち上る怒気が見えるほどだった。


「ニモフィラ。落ち着いて」


 すかさずキャトリアが背後から抱きしめてニモフィラの昂ぶりをなだめる。


「……ダンジョンはそんな甘い場所じゃないんだからっ。あれはジニアだからできることなの!」


 聖塔で2年もの時を過ごしたジニアの探索者としての知識と経験はタンジーたちの想像をはるかに超えていた。

 書物だけでは決して得られない多くのことを教えられた。


 駆け出しだったニモフィラが短期間で4級になれたのも、本人にあまりやる気の見られないキャトリアが5級になれたのも、伸び悩んでいたタンジーが2級になれたのも。

 すべてあの英雄の適切なアドバイスと力添えがあったればこそだった。


「ははははは。知らないのですか? 天才は知識や経験を軽々と超えることができるのですよ」


 キャトリアの手を振りほどいたニモフィラが部屋を出ていく。


「どこへ行くつもりなの?」


「どこでもいいでしょ」


 バタンと大きな音を立てて扉が閉ざされた。


 タンジーは再び心の中で嘆息した。

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