第44話 英雄、海に飛び込む

 経験上、浜辺にまでディープアリゲーターが姿を見せることはほとんどないと言っていい。あいつらはもっと川に近い場所を主な住処としている。

 とはいえ海でまったく見かけないというわけではないので注意は必要だが。


 三人は互いに水を掛け合ってはしゃいでいる。

 ああいうのを見ると年相応だなと思う。


 無理やり付き合わされる羽目になったササンクアは厚めにノービススーツを纏うことにしたようだ。

 あれなら俺に肌を見られることはない。ただし海水に直接触れることもないのだが。


 双子を相手にしているササンクアが一方的にやられていた。

 だがみんな笑顔だからよしとしておこう。



 実のところ、俺もこの海の中にまで入ったことはない。

 だからどんな魔物がいるか知らなかった。

 さすがに浅いところでやっかいな魔物が出ることはないと思うのだが。


 むしろ浜辺で脅威となる魔物は砂の中に隠れているジャイアントクラブだ。


 ジャイアントと名前にある通りかなりデカい魔物で、ハサミを持ち上げるとその高さは5メートルを超える。そんなものが振り下ろされたらミンチより酷いことになるのは間違いない。

 アームドコートを召喚していない時にハサミで掴まれたら両断されてしまう可能性もある。

 おまけにディープアリゲーターよりも硬い甲羅を持っている。


 ヘビィアームドであるローゼルなら問題なく貫けるが、ライトアームドのティアでは恐らくダメージを与えられないだろう。


 ただし横にしか移動できないので動きは読みやすい。

 仮に襲撃された場合は足を止めさせ、ローゼルの攻撃を入れれば倒せるはずだ。


 ジャイアントクラブは砂の中に潜んでいて、獲物が近づいてくるのをじっと待っている。

 砂浜に不自然な動きがみられる場合は注意が必要だ。


 勿論、この辺りにそんな異変がないことは確認済みだった。




「ジニア様ー!」


「シショー! いっしょに、あそぼー」


 あー、それはなんというか、その……無理だ。すまん。


 膝まで濡らした双子が手を振っているので、なるべく視線を向けないようにして手を振り返してやった。



 海は視界の先までずっと続いている。

 ダンジョンなのだから果てはあるのだが、こうして浜辺に座っていると本当に外にいるかのようだ。


 空も高い。

 雲はなく、太陽ではない強い光が降り注いでいる。


 たまにはこういうのんびりした時間を過ごすのも悪くない。



「あら? なにかしら。こんなものがプカプカ浮いていましたわ」


「あおくて、きれい」


「無暗に触れない方がいいと思いますよ。危険なものかもしれませんし」


「でも見てくださいな。こうして光にかざすととても綺麗ですのよ」


 海に浮いている青いもの?


「いかんっ。それに触るな!」


 立ち上がって全力で三人のもとへ走る。


「え? 痛っ」


 声を上げた途端にビクンと体を硬直させたかと思うと、まるで棒が倒れるようにティアがひっくり返る。


「顔が沈まないように支えてやってくれ! あとその青いヤツには触るな!」


 波を蹴立てて駆け寄り、ティアの体を抱き起す。


「ひゅー……ひゅー……」


 虚ろな目。浅い呼吸。


「ティア! 大丈夫か? しっかりしろっ」


 返事はない。

 意識を失っているようだ。


「ショック症状を起こしている。二人ともすぐに海から出るんだ!」


 それからティアの指に絡まっている触手を取り除き、遠くへ投げ捨てる。

 素手で触れるべきではないのだが、ノービススーツを纏っているのなら問題ない。


 ティアを抱え上げ、急いで浜辺にあがる。


「な、なにが起きているんですか!?」


「マンノウォーに刺されたんだ。すぐに解毒と回復魔法を頼む」


「わかりました」


 目を瞑ったササンクアが聖なる祈りを捧げる。


「シショー。ティアは? ティアは、だいじょうぶ?」


「ああ、大丈夫だ。心配するな。処置がはやければ命に別状はない」


 すぐに聖女の祈りが効果を発揮し、ティアの呼吸が落ち着いてきた。


「毒は取り除かれました。もう大丈夫です」


「ごめんね。ティア。ローが、うみであそぶって、いったから……」


 まだ目を閉じたままのティアの体にかじりつくようにしてローゼルが涙を流していた。


「いったいなにがあったんですか?」


「マノンウォーって魔物さ。見た目は綺麗なんだが、こいつは触手に毒を持っていてな。ティアはそれに刺されたんだ」


 たまにではあるが、こいつにやられる探索者もいる。

 ただしそれは浜辺でのことだ。

 ジャイアントクラブとの戦闘中に浜辺に流れ着いたマノンウォーをうっかり踏んで刺されるケースが多い。


 ノービススーツを纏ったままであれば問題はなかったのだが、今回はついてなかった。


「う、ううーん……」


「ティア? だいじょうぶ?」


「……なにを、泣いているんですの」


「だって……ローの、せい……」


「違いますわよ。わたくしが迂闊だっただけですわ。ここがダンジョンであることを忘れていたのですもの。ローゼルが気に病むことはなにもないのですわ」


「ごめん……ね」


「ふふ。そんなに泣かないでいいのよ。可愛い顔が台無しですわ」


 わずかに彷徨った視線が俺をとらえる。


「どうだ具合は」


「まだ少し気分が優れませんが、それ以外は大丈夫ですわ」


「そうか」


 チームに癒やしの力を持つササンクアがいてくれて本当によかった。

 もし彼女がいなければ、意識のない状態のティアを連れてダンジョンを脱出し、鏡会に駆け込まなければならないところだった。


「すまなかった。俺が気を付けていればこんなことにならなかったんだが」


「いいえ。ジニア様のせいでもありませんわ。わたくしのミスなのです。おじい様の本にもこうありました。『好奇心は時に危険に直結する』と。まさにわたくしのことでしたわね」


 脱ぎ捨てたままだった服をササンクアが持ってきてくれた。

 横になったままのティアの体に上着をかぶせ、座り込んでいるローゼルの肩にもかけている。


「……」


 ササンクアが俺を見る目にどことなく非難の色があるのは気のせいだろうか。


「あー、俺は後ろを向いているからな。ティアが動けるようになったらダンジョンを出よう」

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