第43話 英雄、バカンスに来る
「やっぱりこの階層は暑いですね……」
「ノービススーツがなかったらと思うとゾッとしますわ。大量の汗をかいて脱水症状を起こしてしまうかもしれませんわね」
「実際、地下二層でリタイアするチームの原因はほとんどがそれだからな」
ダンジョンで飲める水が確保できる場所は限られている。
この階層の海水はそのまま飲むことはできないし、川の水だって蒸留してからでなければ体調を崩す可能性がある。
ストレージに保存できる容量も限られているから、水だけを大量に持っていくこともできないのだ。
先頭に立って地下二層へ降りたローゼルは両手を耳の後ろにあてている。
「ざざーん、ざざーん……」
クルクルとその場で回りながら音を聞いていたが、やおら指差す。
「あっち?」
「正解だ」
ブレスレットの地図を表示させる。
ローゼルの指差す通り、北東方面に海はある。
「じゃあ、海に行くか」
ルート選択がよかったお陰か、魔物に遭遇することなく海が見える場所までたどり着けた。
「わー……」
「すごいですわね……」
「これが海ですか……」
砂浜から海を見つめる三人は揃って固まっていた。
普段の行動範囲が塔の周辺ぐらいしかないのなら、この光景を見て驚くのは当たり前だろう。
俺も初めて見た時は三人と同じだった。
「くんくん……なんか、におう?」
「それはきっと潮のにおいというやつですわ。海には独特なにおいがあるのだと聞いたことがありますもの」
「なんとなく鼻がムズムズするような、ツンとした感じのにおいですね」
砂浜に足を踏み入れると、サクサクと軽快な音がする。
四人分の足音を残しながら波打ち際へと向かう。
「水が打ち寄せてきてますね」
「大きな湖でもこんな感じなのだそうですわ。波と言うんですの。ここの波は湖のものよりもずっと大きいのでしょうけれど」
三人は目を輝かせながら海を見つめていた。
「海の水は飲むなよ。飲料には適さないからな」
ちなみに、どんな水でも綺麗にろ過してくれるアーティファクトもある。生憎と俺はお目にかかったことがないのだが。
「わー、おもしろーい」
キャッキャと笑いながらローゼルが寄せては返す波の動きを追いかけている。
「波にさらわれないように気を付けるんだぞ」
「わーい!」
夢中で聞いちゃいないし。
もっとも浜辺で波と戯れるぐらいなら問題はないだろう。
この海にも魔物はいるが、少なくとも深海の王者はいない。
あれはあくまで本物の海の話だ。
なにしろここはダンジョンの中なのだから。
「ティアも、クアも、シショーも! いっしょに、あそぼ! たのしいよ!」
「ですがわたくしたちは探索をしにここへ来たのですし……」
口ではそんなことを言いながらも遊びたい気持ちを隠し切れていないティアが俺を見上げる。
「いいさ。今回は三人でミノタウロスを倒したご褒美のバカンスとでも考えてくれ。俺が周囲を警戒しておくから海で遊んでくるといい」
「本当にいいんですの?」
「たまには羽を伸ばさないとな。本格的に海水浴を楽しみたいのならそれなりの準備が必要だが、足が届く辺りまでなら海に入っても大丈夫じゃないか。ただしさっきも言ったように波には気を付けること。結構高い波がくるからな。うっかり頭から飲み込まれたら沖まで持っていかれるぞ。あと海にも魔物がいることは忘れないように」
「わかっていますわ! ところでノービススーツはどうすればいいのかしら。つけたままでも大丈夫ですの?」
「ノービススーツのままだと海水が肌に直接触れるわけじゃないからな。本当に海に入ったと思いたいのなら解除した方がいいんだろうが……」
その場合はノービススーツを纏うためにまた裸になる必要がある。
手間を考えればそのままでいいんじゃないだろうか。
「わかりましたわ」
笑顔のティアはいきなり上着を脱ぐ。
あー、やっぱりそうなるのね。
「ローも!」
当然のようにローゼルも服を脱ぎ始めた。
「ちょっとお二人とも!」
ササンクアが慌てて二人に駆け寄る。
前にも似たようなことがあったなあと思いつつ後ろを向いた。
このあと、ササンクアから言われるのがわかっているからだ。
「ジニアさん! 後ろを……あ、ありがとうございます」
手をヒラヒラさせて見ていないことをアピールしておく。
「さあ、ササンクア様もお脱ぎになって」
「え? いや、私は別に……」
「クアも、いっしょに、あそぼ?」
「う、そんな目で見ないでください……わ、わかりました。わかりましたけど、私は波打ち際だけで結構です。海に入らなくても……わわっ。ちょっと引っ張らないで……やだ、服が濡れて……」
「ローが、ぬがせてあげる」
「大丈夫ですから。自分で脱げますから……」
ローゼルに上目遣いで見つめられながらされるお願いを断るのは俺レベルの強い心が必要だからな。
新人探索者を抜け出せないササンクアでは難しかろう。
「思っていたよりも温かいのですわね」
「ぜんぜん、へいき」
地下二層は外と変わらないぐらいの気温のためか海水もほの温かい。
もっとも長い時間入っていたら体温が奪われてしまうので、気を付ける必要はあるんだが。
「ティア! 貝いた」
「あら、クルクルと巻いていて綺麗ですわね」
「たべられる?」
「さあ、どうかしら」
「でも、とっても、おいしそう」
波打ち際から少し離れたところで腰掛ける。
三人の安全を確保するためにも視界に収めておくのは許してもらいたい。
「シショー!」
ローゼルに向かって手を振ってやる。
俺の反応が嬉しかったのか、ブンブン両手を振って喜んでいた。
別の部分もブルンブルンだった。
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