第80話 英雄、心配をする
男が立ち上がって食堂を出ていく。
「あれは……」
「どうもな、上手くいっていないようじゃ」
届いた酒で唇を湿らせながらスノウボウルが呟く。
「アレはいくら戦闘能力が高くても探索者としては素人じゃ。しかも本人に探索者として成長しようとする気がない。塔に登りたいタンジーと反りが合うはずがなかったんじゃ」
「動機が動機だけになあ」
キャトリアから聞いた話は呆れるとしか言いようがなかった。
とはいえ無理やり前向きにとらえれば、惚れた女にカッコいいところを見せようと思ってのことだったのかもしれない。
それでチームを追い出された俺はいい迷惑なのだが。
「アレの生配信はワシも見ておったが酷いもんじゃったよ。ただ火力で力押しするだけ。あんなもの探索でもなんでもなかったわい。地下一層ではそれが通じても、その先でも同じようにいくはずがないじゃろう。しかもオチは案の定じゃったしな」
「まったくもってその通りなんだが、ニモフィラがアレを一人前にすると息巻いていたぞ。だから少しずつよくなっていくんじゃないか」
ニモフィラは直言が多いから聞く方にもそれなりの度量が必要になるのだが……打ち合わせの席を立って出ていったようだし、望み薄かな。
「あの手合いはプライドばかりが高くて、他者のアドバイスに耳を傾けることができんからの」
どうやらスノウボウルも同じ意見のようだ。
「キャトリアもいるから上手くやってくれるのを期待したいところだが……」
惚れた女の言葉であれば聞き入れるような気もするが、そんなところまで面倒見ることを彼女に求めるのは酷かもしれない。
むしろ顔すら見たくない相手だろうし。
「本来、チームは互いに支え合うものじゃからな。タンジーを含めて三人が自分に手を差し伸べていることに気がつくことができたのなら、あの男も成長ができるじゃろうて」
かつて同じチームだったササンクアたちは俺たちの話を冷めた表情で聞いていた。
「そういう周りの気遣いに気が付けるような方であれば、あんな性格になっていないと思いますわ。徹頭徹尾、俺が俺がの方でしたもの。自分だけが正しいのだから、すべての者は自分に従えばいいなどと口にされてましたし」
歯に衣着せぬティアの言いようにササンクアが苦笑していた。
「どうも会話が噛み合わない人だなとは思いました」
よくそんな奴とチームを組む気になったな。
ササンクアがチームに加わることになったのは鏡会に圧力があったためだとヒサープが教えてくれたが、それでも拒否することはできただろうに。
そりゃ兄弟子としてはあんなのがキャプテンでは心配だっただろうよ。
「きらい」
それだけ言って、プイッとローゼルは顔を背ける。
そんなに嫌いか……。
「結局はチームの問題だからな。外野の俺たちが口を挟んでいいことじゃない」
「そういうことじゃな。ワシらは探索者じゃ。仲間であると同時にライバルでもある。困っているのなら手助けするのはやぶさかではないが、それ以上はお節介というものじゃろう」
それが探索者の不文律だった。
「だからこれはお節介なのを承知で言うんじゃが、5級扱いのお主はこれからどうするんじゃ。今のままでは地下四層に入れんじゃろう」
以前までであれば、チームの平均ランクが3級であれば地下四層に立ち入ることはできた。
現在はそれにメンバーに5級以下がいないことが加わっている。もちろん、地下四層へ行くにはランク問題をクリアした上で事前にギルドへの申請が必要だ。
「地下四層に行けなくても塔には登れるからな。当面は地下三層までで十分さ。四層にある温泉に入ってゆっくりしたい気持ちはあるんだが、当分はお預けだな」
「ああ。あそこはいいの。雪景色を見ながら酒を飲むのは最高じゃて」
「わたくしも温泉に入ってみたいですわ! おじい様の本に『えも言われぬ心地になる』とありましたもの。とっても気になっていたのですわ!」
「ローも、はいりたい!」
目を細めたスノウボウルがうんうんと頷いている。
「気持ちはわかる。じゃが今のお前さんたちの実力ではまだ無理じゃ。それにジニアのこともあるからの」
「ジニアさんのランクはどうにかしないといけませんね。スノウボウルさんから見て、今のジニアさんは何級ぐらいだと思いますか?」
「そうじゃな……戦闘能力を除けば間違いなく1級。総合すれば5級が妥当かの」
「ギルドの評価と同じなのですわね」
「そもそもアームドコートの召喚ができないのに5級っていうのが異例の事態なんですし。なによりいつまでもノービススーツだけというのは危険だと思います」
ローゼルとティアの攻撃力、そしてササンクアのシールドがあれば地下三層までは問題ない。
俺自身の不具合についても考えなければならないことだが、今は置いておこう。
「しばらくは三人の探索経験を積んでいくのを優先しよう。俺のことはおいおい考えればいいさ。温泉は……まあ、機会があればな」
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