第58話 英雄、意識を失う

 地下三層にこもって8日が経過していた。


「みんな、全力で! 静かに! 走れ!」


「シショー。それ、むずかしい」


「ハァハァハァ……」


「あんな大きなゴーレムがいるだなんて、聞いてませんわ!」


 巨大な大広間でこれまた巨大なストーンゴーレムが俺たちを追いかけていた。


 ゴーレムが足を下ろす度にズシンズシンと地面が縦に揺れる。

 揺れに合わせて壁や床を照らす照明も跳ね回っていた。


「こんな大きな足音がしていたら、静かになんてとても痛っ」


 ティアが走りながら口を押さえている。

 そりゃ地面が揺れているところでしゃべっていたら舌も噛む。


 巨大なゴーレムの全高はゆうに20メートルを超えている。


 三人はアームドコートを召喚しているが、あのサイズのゴーレムとまともにやり合っては分が悪い。

 だから今は逃げの一手だ。


 ゴーレムの動きはゆっくりだが一歩の幅が違い過ぎる。

 なにより地下三層では体が重いので早く走ることができない。

 いくら懸命に走ってもなかなか距離を開けられなかった。


「お、とととぉ……」


 しかも振動で上手く走れない。


「きゃ……っ」


「ササンクア! 大丈夫か!?」


 転んだササンクアの手を取り起す。


「す、すみません」


「とにかく走れ!」


 先頭はいろんな意味で身軽なティア。

 その後ろにローゼルが続いている。


 俺とササンクアが最後方だった。


「そこの通路に逃げ込むんだ!」


 手にしたミニフラッドライトで進むべき先を照らす。


 真っ先にティアが飛び込み、すぐにローゼルが続く。


「ジニア様! ササンクア様! お急ぎくださいませ!」


 俺たちの位置から通路までには距離がある。

 この速度では間に合わない。


「俺にシールドを頼む!」


「え?」


「すぐにシールドをくれ!」


「わ、わかりました!」


 俺に不可視のシールドが付与される。

 ミノタウロスの大斧なら三回は防げるシールドだが、このゴーレム相手だと一撃が精一杯だろうか。


「ササンクアはそのまま走れ!」


 左手で背中を押し、その反動を利用して俺はコースを右へ外れる。


「こっちだ!」


 目標が二手に分かれて一瞬戸惑う様子を見せたゴーレムを声で誘導する。


 距離を取るために全力で走る。

 なんとか遮蔽物のカゲに飛び込むことができれば――


「ジニア様!?」


「シショー!」


 声に振り返る。

 そこに手を振り上げたゴーレムがいた。

 思っていた以上に近い。


「チッ。随分と切り替えが早いじゃないか」


 足を止め、周囲を見渡し、瞬時にどの方向にでも跳べるように身構える。


「跳ぶぞ!」


 叫んで自分に言い聞かせる。

 集中しろと意識する必要はない。

 そんなもの、もうとっくにしているのだから。


 巨大な拳は真上から真下へ向かって下ろされる。


 一瞬の判断。

 右後方へ小さく跳ぶ。


 わずかに遅らせた分、拳がシールドに触れた。


 鈍く弾けるような音が大広間にこだまする。


「ジニアさん!」


 叫んだササンクアの脇を俺の体が猛スピードで通過する。

 次の瞬間、逃げ込もうとしていた通路のすぐ近くの壁に半ばめり込んでいた。


「ガハッ!?」


 叩きつけられた衝撃で呼吸もままならない。


「え? ええっ!?」


「シショーが、とんできた!」


「ゴホッゴホッ」


 衝撃が半端なかった。

 だが相手の力を利用して一気に距離を稼ぐことができた。

 あとはササンクアだけだ。


 壁から体を引き離す。


「二人は奥へ行け。すぐにゴーレムが来るぞ!」


「わ、わかりましたわっ」


「ティア、こっち! もっと、おく。ゴーレム、きちゃう!」


 二人の姿が奥へ消える。


「ササンクアっ。急げ!!」


 照明を向けて誘導する。


 ササンクアの足音が聞こえる。

 それをかき消すような巨大な足音も迫ってくる。


 手を伸ばす。


「もう少しだ!」


 一瞬、目の端になにかが映った。


「――ガッ!?」


 頭に強い衝撃。


「ジニアさん!?」


「ぐぐうぅぅ……!」


 一杯に伸ばした腕がササンクアを捕まえる。


「くぅぉのぉぉぉ!」


 渾身の力で引き寄せて通路の奥へと放り投げた。


「きゃ!?」


 勢い余ってバランスを崩す。

 世界が回る。

 体が通路の外へと流れた。


 崩壊した床石をあちこちに蹴飛ばしながら迫りくる巨大な足が見える。


「あれが当たったのか……ついてない」


 ジワリと視界が四隅から黒く塗りつぶされていく。


「ジニアさん!」


 ガクンと体が強く引かれる。


「ジニア様を死なせはしませんの!」


「シショー、こっち!」


 三人が俺の体を通路の奥へと引きずっていく。


「にげろ……にげるんだ……」


「逃げるときは一緒ですっ」


 もう体に力が入らない。


「いき、のびろ……」


 そこで意識が途切れた。

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