第2話 英雄、泣きそうになる
シスターはササンクア・インディゴと名乗った。
それから付け加えるように聖塔神鏡会に所属する聖女だとも言った。
聖女っていうのは鏡会においても特別扱いされる存在だ。
なにしろ癒やしの力を持っているのは聖女の称号を持つ者だけなのだから。
実のところ彼女の事を俺は知っていた。
理由は簡単。
大会の準々決勝で彼女も所属していた〈
ちなみにそのチームのキャプテンは俺の後釜に収まったボールサム・チュウゲン。
あの黒髪の優男だ。
「詳しい話をさせてください」
そう言ってササンクアはギルドに併設された食堂へ移動する。
向かった先のテーブルには美しい金髪をした二人の少女が座っていた。
ササンクアに促されて空いている席に座る。
「改めて自己紹介させていただきます。私はササンクア・インディゴ。見ての通り鏡会に所属しています。鏡会からの指示でボールサムさんのチームに所属していました。それから――」
ササンクアの視線が金髪の片割れに向けられる。
「わたくしはフォーサイティア・アストライオスと申します。ティアとお呼びくださいな。こちらは双子の妹でローゼルですわ」
二人の美しく輝く金髪を見てピンときた。
「アストライオス? それってまさか、忠実なる金獅子のアストライオスか?」
「そのアストライオスで間違いありませんわ」
ティアは口元を緩ませる。
「わたくしのおじい様は『ダフォダルは如何にして聖塔で90日間を生き延びたのか』を記したジェレイニアム・アストライオスですの」
「やっぱりか! あの英雄の孫娘に会えるなんて光栄だ。もちろん本も読ませてもらった。塔やダンジョンの攻略の時にすごく役に立ったよ」
「塔から帰還された英雄のあなた様にそう言っていただけるのなら、おじい様もきっと喜んでくださると思いますわ」
『ダフォダルは如何にして聖塔で90日間を生き延びたのか』って本は聖塔を目指す者にとってバイブルと言ってもいい一級の資料だ。
「おじい様が見た塔をわたくしたちもこの目で見てみたい。そのためにチームへ参加いたしましたの」
ティアの隣でローゼルも頷いている。
「俺はジニア・アマクサ。3年前に貴族推薦で聖塔探索士になって塔に挑戦したことがある。2年あまり塔を探索して、1年前に俺だけ戻ってきた。なんやかんやで半年ぐらいリハビリしていたんだが、仲間と再会するためにもう一度塔へ挑戦することにした。何か質問は?」
手を挙げようとしたティアをササンクアが止める。
「今はチーム結成についてのお話を優先させてください」
「構わないよ。俺とチームを組みたいっていう話だったが本気なのか?」
「はい」
「君たちは現在三人のチームって事でいいのかな」
「そうなります」
ティアがムスッとした顔をし、ローゼルはそんな姉の袖を不安そうに握っている。
「知っているかもしれないが、君たちのキャプテンだったボールサムは俺がいたチームの〈
「あなた様こそ悔しくはないのですか!?」
ティアが椅子から立ち上がる。
「あの方は! 貴族の手によって塔は守られるべきなどという世迷い事を口にしても平気なのですよ! 平民が塔に入るなど許されないなどと……そんな事、おじい様の本に書いてありませんでしたのに!」
ローゼルが手を引いたので冷静さを取り戻したティアは椅子に座る。
「も、申し訳ございません。少し興奮してしまったようですわ」
「いや、いいよ。そんなような事を本人からも言われたし」
「――っ」
ティアは怒髪天を突いたように眦をつり上げる。
随分とボールサムに対して不満をため込んでいるらしい。
「全員の目的が塔へ行くことで一致していると思います。ですから、もしもよければジニアさんに私たちのキャプテンになっていただきたいんですが」
「すまん。自己紹介に付け加えないといけないことがある。今の俺はアームドコートの召喚ができない。理由は多分、塔から戻った時に四肢を失っていたからだと思うんだが、はっきりしたところはわからないんだ」
アームドコートを召喚できる者には手の甲に紋章が必ずある。
この紋章を持つのは貴族で8割ほど、平民だと2割程度だと言われている。
実際にアームドコートを召喚できるのはその中の何割かなのだから意外に少ないのだ。
四肢を失った状態で塔から戻った俺をここまで再生してくれたのは鏡会だった。
通常の癒やしの力では失われた四肢の再生はできないので特殊な処置をしたのだと後から聞いた。
「今の俺はノービススーツしか召喚できない。だから戦闘能力という意味では役に立たないと思ってくれ。大会での俺の戦いぶりを見ていればわかるだろうが一応な」
これはタンジーに誘われた時にも言った話だった。
それでもいい。チームに入ってくれと言われた時は不覚にも泣きそうなったのだが。
不器用なあいつの横顔を思い出す。
「それでも構いません。私たちはジニアさんにキャプテンになっていただきたいのです」
「マジか……」
また泣かされそうになるとは思ってもみなかった。
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