第93話 英雄、ヒサープの相談を受ける

 通りに面した軽食を出してくれる店に入る。

 このあとは家で食事の予定があるから俺はお茶だけを注文する。

 ヒサープはお茶と一緒に焼き菓子を頼んでいた。


「それで相談というのは」


「近頃、探索者になりたいという人が増えているのではないかと思うのですが」


 事実なので頷いて返事とする。


「その中には貴族も多いのではないでしょうか」


 ティアが何人か見知った顔があると言っていた。


「その通りだ。よく知ってるな」


「実はですね、鏡会に癒やしの力を持つ者を紹介してほしいという相談というか、ほとんど強制じみた話がいくつも入っていまして……」


 まるでボールサムがササンクアをチームに加えた時みたいな話だな。


「これまでにもダンジョンの浄化を名目に探索者に協力する信者はいましたが、それはあくまで自発的なものでした。まるで徴用するかのような今回の話は鏡会内でも問題になっているんです」


「癒やしの力を持つ人がチームにいると安心感が違うから気持ちはわかるが、強引に引き込むのはよくないな」


「人々を救うことは鏡会としては当然のことですからそれはいいのですが、探索者というのは大変な仕事ではありませんか。そうすると聖職者としての日々の務めが疎かになってしまうと思うのです。癒やしという神から与えられた力を人々に分け与えることができないのならば、ダンジョンになど入るべきではないという声が大きくなりつつありまして……」


「例の禁足派というやつか」


 俺の確認にヒサープは頷く。


「そもそもの話なんだが、聖女ってそんなにたくさんいるのか?」


 ササンクアのように癒やしの力だけでなくアームドコートが召喚できる者となればかなり限られる存在だと思うのだが。


「だから困っているのです。下手をすると探索者として適切ではない者までもが連れていかれかねないものですから」


「正気を疑う話だな……」


 俺のような例外者が言うのもなんだが、アームドワーカーではない者がダンジョンに入って無事ですむはずがない。

 最低限、自身を守ることができなければチームの足を引っ張るのは間違いない。その結果、チームが全滅するということにもなりかねないだろう。


 聖女のような貴重な人材をそんな理不尽で失うとなれば鏡会として難色を示すのは当然だ。


「わかった。強引にチームに引き込まれた鏡会関係者がいたり、アームドワーカーではない者がチームに所属したりしている場合はダンジョンへ入れないようにしてほしいとギルドに話をしておく。よく知らせてくれたな」


「いいえ。ジニア様に相談することができてよかったです」


 ギルドだって探索者の死亡が増えるのを喜ぶはずがない。そんなことを放置していては組織の維持に支障をきたすから適切な対処をしてくれるだろう。


「しかし、これで鏡会の貴族に対する風当たりが強くなりそうだな」


「それはもともとのことですから」


 ヒサープが微苦笑している。

 これまでもこういった衝突は何度もあったのだろう。


「貴族といっても悪い奴ばかりではないんだがな。権力がある分、無理を押し通すことができてしまうから、勘違いする奴もいるんだろうなあ」


 俺の周りにも何人か貴族の知り合いはいる。

 ティアやローゼルは価値観の違いはあれども良い人間だと思うし、ニモフィラやキャトリアも好意を持って接することができる人物だ。

 タンジーは頑固な男だが、塔へ行きたいというひた向きさを俺は高く評価しているつもりだ。


「幸いダンジョンにはしばらく入れないことになっているから、この間にギルドには手を打ってもらうよ」


「よろしくお願いします」


 肩の荷が下りたのか、ホッとした表情をしたヒサープは大きな口を開けて焼き菓子を頬張った。

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