第72話 英雄、少年と出会う
「ねえ、ジニアでしょ? 塔から帰ってきた英雄のジニアだよね?」
ギルドへ向かっている途中のことだった。
声の主を探すと、目をキラキラさせた少年が俺を見上げている。
「君は?」
「僕はストレリチア! ストレリチア・リンデンっていうんだ。僕のこと覚えてないかなあ」
「リンデン?」
その名前には覚えがある。
俺が聖塔に行った時のチーム〈
「君はもしかしてネリネの……」
「そうだよ! あは、やっぱりジニアだった! ねえ、握手してよ!」
「あ、ああ。もちろんだ」
差し出された小さな手を握る。
そうか、あの少年がこんなにも成長したのか。
最後に会ったのは3年前。たしかに面影はある。
握手をしながら気が付いたが、ストレリチアの手の甲には紋章があった。
「元気にやってるのか?」
膝を曲げて目線を同じにして聞く。
「うん!」
「そうか。すまんな。まだ挨拶にも行ってなかったな……」
正確には忙しいと自分に言い訳をして行かないようにしていた。
訪ねる勇気がなかったのだ。
そうすれば塔に残してきてしまった仲間について語らなければならないから。
「そんなの気にしないでいいって。だってジニアは塔へ行くんだろ? あそこへ行くのは大変だって僕もママも知ってるさ。でもすげーよな、ジニアは。また塔に挑戦しようとするなんてさ!」
俺と会えたのがそんなに嬉しかったのだろうか。
ぴょんぴょんと跳ね、全身で喜びを爆発させている。
「ストレリチアはいくつになったんだ?」
「14!」
「そうか。もう大人の仲間入りだな」
「うん。いつか僕も塔に行きたいから、まずは探索者になるんだ」
「そのこと、ちゃんと親に相談したのか?」
「もちろんだよ。ママは頑張れって応援してくれてる」
「……そうか」
ネリネの連れ合いであるフューシャ・アレゲニーは貴族の娘だった。
最初は周りのみんなが付き合うことに反対していた。上手くいくはずがないと言って。
だがネリネは決して諦めなかった。
熱心なアプローチの末、フューシャは笑顔でネリネの愛を受け入れた。
みんなで祝福したときのことを昨日のように思い出す。
「近いうちに家まで挨拶にうかがうよ」
「ホントに? やったー! 僕の家は北西地区にあるんだけどわかるかな?」
「前にお邪魔したことがあるから大丈夫だ」
「そっか。きっとママもジニアに会うのを楽しみにしてると思うよ」
「……そうだといいな」
喜んでいるストレリチアの頭を撫でてやる。
「絶対に来てよね! ジニアが来てくれるの、楽しみに待ってるから!」
手を振りながらストレリチアが雑踏の奥へと消えていくのを見送った。
「ちゃんとケジメはつけないとな」
ヒサープと会った翌日。
俺は朝から出かけた。
途中で手土産を購入し、向かう先は北西地区の静かな住宅街だ。
ほどなく目的の家に到着する。
ノックをしようと上げた手が止まった。
本当に俺がここへ来てもいいのだろうか。
そんな考えが湧き上がる。
頭を振る。
自分で決めたことだ。
きちんとケジメをつけるのだと。
ノックを三度。
中から声がした。
扉が開くと、そこにはストレリチアがいた。
「ジニア! 本当に来てくれたんだね!」
「ああ。親御さん――フューシャはご在宅かな」
「うん。入ってよ!」
手を引かれるままにお邪魔することにした。
家の中は落ち着いた雰囲気だった。
どちらかというと派手好みなネリネに比べ、フューシャはこういう雰囲気を好んでいたのを思い出す。
「ママ! ジニアが来てくれたよ!」
廊下を抜けてリビングへ行くと、そこにフューシャがいた。
最後に見た時とあまり変わっていない。
相変わらず柔らかなたたずまいの女性だった。
「お久しぶりね、ジニア」
「ああ。その……来るのが遅くなって……申し訳ない」
俺たちの微妙な雰囲気に思うところがあったのだろうか。
ストレリチアはなにも言わずに奥へ姿を消した。
「こちらへどうぞ。なにもないところだけど」
手土産を渡すとフューシャはうっすらと微笑む。
「嬉しいわ。わたしが好きなのを覚えていてくれたのね」
バターをたっぷり使った焼き菓子で、貴族も買い求めているという人気の品だった。
ネリネが言っていたことだ。フューシャはこの菓子のサクサクとした歯触りが好きなんだ、と。
両手にグラスを持ったストレリチアが慎重な足つきでやってくる。
「はい。これ飲んでよ」
果実を絞った水を受け取る。
「気が利くな」
ストレリチアはへへっと笑う。
「俺、上に行ってるから」
リビングを出ていく背中を見送った。
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