第129話 16 英雄、罠にはまる

 一階の床に隠し扉を発見し、階段を降りて地下室も調べてみたが、ここにもチューベローズたちの姿はなかった。


「地下は水浸しですわね」


 足首のところまで水が溜まっていたので、歩く度に大きな音がする。


 この建物は水辺に面していたから、どこかから水がしみ込んでいるのだろう。

 いずれこの地下室が水没するのは間違いない。そうなれば建物が倒壊する危険性も出てくる。

 とはいえ今すぐそんな事態にはならないはずだ。


「相手チームは地下室の状況を見てここを離れたんでしょうか? この建物にいたのは間違いないんですよね?」


「上の階に最近の足跡がありましたもの。それは間違いないはずですわ。ここは待ち伏せに適していないと考えたのかもしれませんわね。わたくしたちもすぐに移動した方がよいと思いますけれど」


「つぎは、どこいく? 山のほう? 森のほう?」


 いつまでも湿っぽい地下室にいる必要はないので階段へ向かう。


「……なんだ?」


 違和感を覚える。

 だがそれがなんだったのかはっきりしない。


「どうかしたんですの?」


「なにか感じた」


 曖昧模糊とした言葉だが、三人ともすぐに警戒態勢をとる。

 バシャバシャと水の音が大きい。


 壁に触れると、かすかに揺れている気がする。


「……おと、する」


「たしかに。なんでしょうか。ゴウゴウというか、ズンズンというか。そんな音が聞こえてきますわ」


「私にも聞こえます。これは……水の音でしょうか。この建物は池に面していますから……あら?」


 ササンクアがなにかに気が付いたようだ。


「水の量が増えていませんか?」


 いつの間にかふくらはぎの辺りまで水に浸かっていた。


「急いでここを出るんだ!」


 俺が叫ぶのと時を同じくして建物が大きく揺れた。

 揺れが収まったかと思うと、奥の部屋からドッと水が流れ出てくる。


「こ、これはどういうことですの!?」


 一気に水の量が増えていく。

 太股まで水位が上がり、流れに足を取られる。


「ローゼル、急げ! このままだと溺れるぞ!」


 ザブザブと水をかき分けて通路を進み、階段までたどり着く。


「あれ? しまってる!?」


 上開きの隠し扉が閉ざされていた。

 ローゼルはなんとか押し開けようとしているが、上に重い物でも置かれているのかビクともしないようだ。


「しまった。罠だったのかっ」


 狭い階段に並ぶが、このままでは溺れてしまう。


「ローゼル。扉をぶち破れ!」


「うん!」


 アームドコートを召喚したローゼルは、右の拳を引いて構えをとる。

 しかし狭い階段に加え、狙う扉は上にありかなり窮屈そうだ。


「えーい!」


 ヘビィアームドの拳で殴るが、無理な体勢もあって力が入ってない。

 だが繰り返し殴り続けると徐々に扉が砕けていく。


「急いでください!」


 最後尾のササンクアは胸まで水に浸かっている。


「場所をかわれ」


 体を壁に押し付けてスペースを作り、ササンクアを引っ張り上げて俺の前に出す。


「もう少しですわ!」


「ええーい!」


 鈍い音と共に拳が突き抜ける。

 そのまま肩を押し付け、全身の力で扉を押し開く。


「ササンクア様! お手を!」


 先に出たティアが引っ張り上げる。


「シショーも! はやく!」


 三人の手が伸びて俺の体を捕まえる。

 扉からあふれ出た水と一緒に脱出を果たした。


「ハァハァハァ……助かった」


「癒やしの力は必要ですか?」


「いや、大丈夫だ」


 髪の先からポタポタと水が滴り落ちている。


「危ないところでしたわね」


 一階の床も濡れているが、扉からあふれようとする水の勢いは緩やかになっていた。

 池の水位よりは高くならないからもう安全だ。


「だれ。こんなとこに、荷物おいたの」


 床に散らばった残骸を見てローゼルが唇を尖らせている。


「それはねェ。俺がやったんですよォ」


 その声に全員が顔を上げた。

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