第89話 英雄、異国の料理を食べる

 部屋の奥へ進んでいくと、なんとなく香ばしい香りが漂っていた。


「くんくん……これはなんの匂いでしょうか」


「あまりかぎなれない香りですわね。でも不快なものではありませんわ」


 火を囲んでシクモアのチームメイトが座っていた。


「改めて自己紹介をしておこう。私はシクモア・ディーウ。〈暁の光ライトニングドーン〉のキャプテンをしている。それから、パキラ、タイム、ミルフォイルだ」


「無事に合流できたようでなによりでした」


 そう言って人のよさそうな笑顔を見せたのはパキラだ。

 他の二人も微笑んで俺たちの合流を喜んでくれた。


 大柄な他の二人に比べると小さく見えるパキラだが、ゆったりとした上着の下には鍛え上げた肉体があるのは間違いない。

 俺の見たところ、この三人の中では一番腕が立つのだろう。


 大きな体を丸めるようにしているタイムは石を積み上げて作ったかまどの前で料理をしている。


 口髭を生やしたミルフォイルは布を頭に巻いており、おでこの真ん中には赤い顔料で印がつけられていた。あちらの国の宗教関係者だろうか。


「俺は〈星を探す者スターシーカー〉のキャプテン、ジニア・アマクサだ。ローゼルを守ってもらい感謝の言葉もない」


 シクモアたちに頭を下げる。


「わたくしはローゼルの姉でフォーサイティア・アストライオスと申しますの。妹が大変お世話になりました。感謝いたしますわ」


「ササンクア・インディゴです」


「堅苦しい挨拶はここまでだ。ゆっくり休んでくれ」


 シクモアの言葉に甘えて、俺たちも火の回りに座る。


「タイム。あれ、ちょうだい」


「ローゼル。はしたないことはおよしなさいな」


「私の料理を彼女が気に入ってくれたのは嬉しい。あなたたちの口にも合うといいのだが」


 タイムはフライパンで焼いた薄いパンのようなものと、鍋からシチューを取り分けてくれた。

 シチューからは空腹を刺激するような香りが立ち上っている。最初に感じた匂いの元はこれか。


「シチューにつけて、たべて。すっごく、おいしいから」


 ローゼルに言われるままパンを小さくちぎり、シチューに浸して食べてみる。


「むっ。こ、これは……」


 口の中一杯に広がる刺激に思わずむせそうになったが、これは美味い。

 ピリリとした辛みが程よく、しかも複雑に絡み合った味に深みが感じられる。


「なんとも刺激的なシチューですけれど、とても美味しいですわ!」


「ちょっと辛いですね。でもその辛さが食欲を刺激するみたいです」


 俺たちの反応を見て、タイムは満足そうに微笑んでいる。


「ね。おいしいでしょ。そのパンは、スクラップバーで、タイムが、つくったの」


「あのぼそぼそした食感がこんなしっとりしたパンになるなんて驚きだ」


 レプリケーターの材料にしかならないと思っていたのだが、まさかこんな料理に化けるとは。


「辛くて美味いんだが、汗が止まらないな」


 あとからあとから汗が流れ出てくる。

 走っていた時よりも汗をかいているかもしれない。


「香辛料を大量に使っているから新陳代謝が促進されるのだ。よければこちらを飲んでもらいたい」


 カップには薄いカラメル色をした液体が入っていた。


「甘みがあるから辛さが少し和らぐと思う」


 一口飲んでみる。

 おお、これも美味いな。


「ほのかな甘みですけれど、さわやかな飲み口ですわ」


「これはミルクが入っているんでしょうか? 口の中にあったシチューの辛さが消えていくみたいです」


「驚いたな。聖古宮王国にはこんな美味い料理と飲み物があるのか」


 聖塔王国の料理とは比べ物にならなかった。正直、かなりうらやましい。


「ねえ、シショー。おかえしに、あれ出して」


「レプリケーターか? 構わんが」


 ストレージからレプリケーターを取り出すと、ローゼルは背嚢からグレーパックを出していた。


「これ、つかって」


「わかった」


 料理のお礼は料理でしたいということなのだろう。

 レプリケーターで生成されたスープをシクモアたちに提供する。


「食べて。おいしいよ」


 ローゼルに促されたシクモアたちがスープを口に運ぶ。


「ほう! これはなんとも美味いスープだな。しっかりと旨味が感じられる」


 シクモアだけでなく、三人も美味そうにスープを飲んでいた。


「正直、こちらの食事は味が薄くて合わないと思っていたのだが、これは実に美味い。ジニア殿はこんなにいい食事を毎日とっていたのか。うらやましいものだ」


「ジニア殿はよしてくれ。ジニアでいい。しかしタイムのシチューは刺激的だった。まだお腹の中がびっくりしているみたいだ」


「ははは。国が違えば好む味も違うというからな」


「訂正させてくれ。おそらくだが、この国でもあの食事が美味いと思っている奴は少数派だと思う。俺も故郷の味だから口にするだけで積極的に食べたいとは思っていないし、ローゼルはいつもこのレプリケーターの料理を希望するぐらいだからな」


 三人娘が同意すると言いたげに頷いている。


「そうだったのか。料理の改善をしないのに、なにか理由でもあるのだろうか」


 どうだろう。これが当たり前だと思っているだけの気もするが。

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