第29話 英雄、分け前をもらえる

 遺跡の中は外ほどではないが明るく、明かりは必要ない。

 かすかに水の流れる音が聞こえている。


「一階も水浸しなんだな」


 遺跡内に水が溜まっている場所はあったが、水没しているところを見るのはこれが初めてだ。


「この水、綺麗ですね」


「本当ですわ。底まで見えていますわね」


「シショーのいってた、お水?」


「わからん。俺が知っている水場はもう少し奥になるんだが、もしかしたらそこから水があふれているのかもしれないな」


 こんなことは初めてだ。

 ダンジョン内ではなにが起こるかわかったものではない。


「移動を始める前に各自報告を頼む。俺は道具の消耗はなし、体力も大丈夫だ」


「わたくしもですわ。痛みなどもありませんの」


「ローも」


「道具類の消耗はありませんが、魔力が少し心許ないかもしれません」


 絶対防御障壁は魔力消費が激しいからな。


「どのぐらいなら使えそうだ」


「そうですね。シールドならあと数回ぐらいでしょうか」


 ササンクアにはいざという時に回復魔法も使ってもらう必要があるから無理はできないな。


「わかった。ササンクアのシールドがないという前提で行動しよう。先頭は俺。その次にティアとササンクア。最後尾はローゼルに頼む。一階にこれだけ水があるということは、遺跡の中にまでディープアリゲーターがいる可能性があるから慎重に行動しよう」


 三人は神妙な顔をして話を聞いている。


「一階で体を洗ってから探索をしようと思ったんだが状況が状況だ。まずは二階へ行って休憩をとろう。探索はそれから行う。悪いが体を洗うのは諦めてくれ」


 それから、なるべく波紋を立てないように足を進めていった。






「思ったよりもあっさり集めることができましたね」


「大量ですわ」


「シショー――」


「ちょっと待った。グレーパックを依頼分確保。これで録画を終了する」


 フェアリーアイを停止させてから、話していいぞとローゼルを見る。


「……たべたい」


 そんなことだろうと思った。

 録画に今の台詞が入っていたらまずかったからな。


 ついていたことに二カ所を回っただけで必要な数のグレーパックを回収できてしまった。

 数は13個。依頼分より3つも多い。


 三人が期待するように俺を見ている。


「わかったわかった。近くに安全なエリアがある。今日はそこでキャンプを張って食事をして、帰るのは明日にしよう」


 揃って喜色を浮かべる。

 食い意地がはっているなあとは思うまい。

 事前にあれこれ語った俺のせいでもあるのだ。


「じゃあ、移動しよう。今のところ魔物との遭遇はないが慎重にな」






 通路の奥まった場所にたどり着く。

 この辺りは魔物のうろつくエリアを外れているので安全だった。


「シショー。ここにも、あった」


 部屋の隅でグレーパックを見つけたローゼルに手渡される。


「お、そうだったか。ありがとな」


「えへへ。これで、シショーも、たべられるね」


 さっきまでの余剰分は3つ。

 つまり俺のカウントは入っていなかったってことか。

 別にいいんだが。


「はあ。髪がべたついて、おまけにヘンな臭いもしますの。早く洗い流したいですわ」


 眉尻を下げたティアは自分の髪を摘まんでいる。


「地下四層まで行ければいい場所があるんだがな」


 キャンプの準備をしながらティアの呟きに応じる。


「たしか地下四層はすごく寒いフロアでしたわね。防寒着がないとすぐに行動不動に陥ってしまうという記述を読みましたけれど」


「そうだ。この階層とはまったく違う環境になってるんだが、そこにもちょっとした水が溜まっている場所があるんだ」


「みず、こおらない?」


 寒い場所にどうしてそんな場所があるのか。


「そこの水は温かいんだよ」


「……それはもしや、おじい様の本にもあった『えも言われぬ心地になる』という『温泉』ではありませんの!?」


「補足部分にあった一文だな。よく覚えてるもんだ」


「隅から隅まで読み込んでいますもの。って、それはつまりジニア様も読み込んでいらっしゃる証しではありませんの」


 あの本の読み込みなら人後に落ちない自信はあるからな。


「ははは。ティアの言う通り、温泉があるんだ。あそこはいいぞ。一面真っ白な景色を見ながらのんびりできる」


「はいって、みたい」


「いいですね」


「楽しみですわ」


 どんな光景なのか思い浮かべているのだろう。

 どの顔もうっとりしている。


「とはいえ地下四層に足を踏み入れられるようになるのはまだまだ先だ。でもいつか必ずたどり着けるから楽しみにしておくといい」


 このチームなら地下四層まで行ける。

 俺は確信していた。

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