第50話 英雄、花を贈る
「よし。こんなものか」
双子の荷物を運び込むのに時間をとられてしまったが、数日かけて引っ越し作業を終えることができた。
「思っていたよりもずっと狭かったのですわね……」
ティアのベッドは一人用のものを新規に購入することになったのだが、本人が選ぶのはどれも大きすぎたので最終的に俺が選ぶ羽目になった。
天蓋付じゃないと落ち着かないとか、彫刻はもっと繊細なものがいいとか、いろいろと注文を入れた上で選んだ逸品だ。
正直、ベッドにこんな金を払わないでもいいんじゃないかと思わなくはなかったのだが、本人が納得しているのならいいのだろう。
支払いはアストライオス家がするんだし。
テーブルやら椅子やらタンスやらあれやこれやを買い求めようとするのを止めるのも大変だった。
ティアの部屋は所狭しと家具が並んでいるので圧迫感が半端ない。
その分、華やかと言ってもいいのかもしれないが。
逆にローゼルは使う物にこだわりはないのか、あっさりしたものだった。
双子とはいえ、随分と違うものだ。
一番心配になったのはササンクアの部屋だった。
なにしろ部屋にはシンプルなベッドと机と椅子以外になにもない。
「本当にこれでいいのか?」
「はい。雨露をしのげて寝泊まりできる場所をいただけるだけで充分です」
それにしたって寂しすぎないか。俺の部屋の方がよっぽど生活感がある。いやまあ、生活感しかないと言ってもいいんだが。
しかしこれで健康で文化的な生活ができるのだろうか。心配になる。
「せめて花ぐらいは飾ったらどうだ。こんなものしかないんだが」
キッチンにあった多少見栄えのいいカップに花を挿したものを窓際に置く。
「まあ。奇麗な花ですね。わざわざありがとうございます」
「花はティアの買い物に付き合った時に俺が適当に選んだものだからチョイスについては勘弁してくれ。そういうセンスは持ち合わせていないんだ」
淡くピンクがかった花が目についたから一輪だけ買い求めたものだ。
大き目で派手だからササンクアには似合わないかもしれないが、味気ない部屋のアクセントぐらいにはなってくれるのではないだろうか。
「いいえ。とても気に入りました」
それならよかった。
「じゃあ、引っ越し祝いの食事にするか」
「ローは、シショーの、たべたい!」
「わかったわかった。今日はいくらでも食べていいからな」
「わーい!」
おかわりを三回もして満足したのか、ローゼルはソファーに丸くなって眠っていた。
その背中にメイドのペチューニアがガウンをかけている。
ティアたちのお屋敷から来たメイドのブルーベルとペチューニアは一階の一部屋を二人で利用してもらうことになった。
ありがたいことに彼女たちは俺とササンクアの面倒も見てくれるのだそうだ。掃除や洗濯などはすべてお任せしていいとのことだった。
彼女たちが掃除をしてくれたお陰か、部屋中はすっかり綺麗になっている。おまけにいい匂いが満ちていた。
家の中が一気に華やいだように感じるのは俺の気のせいではないだろう。
正直なところ俺としては落ち着かないのだが、こればかりは慣れていくしかない。
「実はチームに指名依頼の話があるらしくて、その件を相談したかったんだ」
先に引っ越し作業が入ってしまったので話をするのが遅くなってしまった。
「わたくしたちにですの?」
「難しい依頼なのでしょうか?」
「まだ詳しい内容は聞いていないが、パチェリィの話す感じからは筋は悪くない案件のようだ。こういうのは十中八九、貴族からの依頼なんだが」
ティアがパンと両手を合わせる。
「それはよいことではありませんの。聖塔へ登る者として貴族からの推薦を受けやすくなるのではないかしら」
「依頼に成功すればの話だけどな」
「話だけを聞いてみるというのは無理なんでしょうか」
「いや、できると思うぞ。受けるかどうかの判断はすべてチーム側に委ねられているからな。みんなが受けてみてもいいと言うのなら話を聞いてみるが、どうだ」
「わたくしは構いませんわ。おじい様も『探索者とは他者に頼られるようになってやっと一人前だ』と書いていましたもの」
「私もいいと思います」
「すー……すー……」
「ローゼルは……起きたら聞いてみるか」
「ふふ。引っ越し作業で疲れてしまったんでしょうね」
荷物を運び込むのはメイドのペチューニアが全部やってくれていたから疲れてはいないんじゃないかなあ。
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