第55話 英雄、ダンジョンの謎に見解を述べる

「ここが暗いからなのかもしれませんが、今まで以上に重苦しい感じがありますね」


 ミニフラッドライトに照らされたササンクアの声に双子が頷いた。


「ロー、からだ、おもい……」


「心なしか体のキレが悪くなったように感じますわ」


 地下三層に入ってから、一様に不調を訴えている。


「やっぱりそう感じるんだな」


 俺も初めてここへ来た時に同じ状態になった。


 なんとなく体が重い。動きが悪い。

 この階層以降、その感覚がずっと続く。


「ジニア様もですの?」


「ああ。地下三層以降になると体の不調を感じるな。四層になるともっと違和感が強くなるぞ」


「もしかするとダンジョンの呪いではないでしょうか」


 ササンクアは深刻な表情をしている。


「そういう風に考えているヤツもいるようだな」


 ダンジョンは穢れた場所である。

 下に行くほどその傾向は強くなる。

 だから体がこれ以上先へ行くなと不調を訴えているのだ。


 鏡会関係者の間で信じられている主張だ。


「実際、思ったように体が動かなくなるからな。ティア、その場でジャンプしてみてくれないか。前の時みたいに軽くな」


「わかりましたわ」


 ギルドの会議室でノービススーツの使い方を教え、試しにジャンプしてもらった時は天井に頭がつきそうになっていた。


 その時のことを思い出すように膝を曲げてティアがジャンプする。


「あら?」


「ぜんぜん、たかくない」


「前と同じぐらいのつもりで跳んでみたんですのよ。それなのにどうして。もしかしてノービススーツの効果が落ちているのかしら」


「いや、そんなことはないはずだ。むしろここでノービススーツを解除すると影響がより強くなるぞ」


 過去に試してみたことがあるからわかる。


「さっきの呪い以外にもいくつか説はあるんだが、俺は単純にダンジョンの下層では体が重くなっているんじゃないかと思っているんだ」


「どういうことでしょうか?」


「実はな、塔に登っていくと逆に体を軽く感じるようになるんだよ」


「そうなんですの? わたくし、初めて知りましたわ。だっておじい様の本にはそのようなことは書いてありませんでしたもの」


「確証はない。ただ俺が塔で過ごしていた時に感じていた感覚と、今このダンジョンの感じは方向性が違うだけで似ているように思うんだ」


「体は正反対の影響を受けているのに似ているんですか。すみません。言葉だけだとよくわかりません」


 塔での感覚は実際に行った者にしかわからないから仕方がない。


「塔の上の方だと軽く地面を蹴るだけで天井までたどり着けてしまうんだよ。なんていうか、ふわっと浮くような感じでな。最初の頃は移動するのも苦労したが、慣れると意外に便利だったな。むしろ逆に床に足をつけていることの方が難しくなるんだ」


 俺の説明では状況がイメージできないのだろう。

 三人が揃って小首をかしげる。


「なんと言えばいいのかな。ダンジョンではより強く下へ引っ張られているようで、逆に塔は上へ引っ張られているんだ。あくまで感覚の話だけどな。だから多分、地下一層や二層でも同じような下へ引っ張られる感覚はあるはずなんだ。それが弱いから感じ取れないだけで」


 そしてそれはダンジョンの地下深くほど、塔の高いところほど影響が強くなっていく。


「なにやら不思議な現象が起きることだけはわかりましたわ。これは自分で塔まで行って確かめるしかありませんわね! そしておじい様の本に補足を付け加えるといたしましょう。新しい目標ができましたわ!」


「さしあたっては地下三層でどうやって過ごしていくかですね。体の動きが悪くなるということは探索や戦闘にも影響が出るはずです。それに視界がよくないのも怖いです」


 地下三層はこれまでと違い、照明がなければ身動きが取れない場所だ。

 一つずつミニフラッドライトを持っているが、俺が腕に装着している以外のものは光を絞らずに広い範囲を照らすように調整してある。


「そうだ。それに緊張している分、疲労も溜まりやすくなる。だからこれまで以上に体調の変化には気を配るようにしてくれ。体が重い感覚は個人差があるから他者からだとわかりにくいんだ」


「わたくしたちにとって初めての地下三層ですもの。最大限に警戒するのに越したことはありませんわ」


「そういうことだ。ローゼル、地図を表示してくれ。これから向かう場所はここだ」


「ちょっと、とおい」


 今いる場所からは直線にして1キロはあるだろうか。

 だが限られた場所でしか手に入れられないスクリーンを得るには仕方がないのだ。


「さっきも話した通り、ここに出る魔物はゴーレムが中心だ。できる限り戦闘は避け、スクリーンの収集を優先していく」


 三人の表情を確認する。

 緊張感はあるが、気負った様子は見えない。


「よし。先頭は俺、次をティア、最後尾はローゼルだ。移動を開始する」

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