第26話 英雄、ディープアリゲーターに挟まれる

 ルート選びがよかったのか厄介な魔物に遭遇することなく森を抜けることができた。


 膝下ぐらいまでの水辺で足を取られながらも、なるべく音をたてないように進んでいく。


「しかしこんなに水が増えていたとは知らなかったな」


 以前来た時は草が生い茂る平原だったはずだが濁りのある水辺に変貌していた。

 どこかから大量の水が流れ込んでいるのだろうか。


 とはいえあとは目的の遺跡まで一直線――だと思っていたのだが、世の中はそうそう上手くいかないらしい。


「止まれ。魔物がいる」


 腰を落として各人が担当する方向の状況を報告する。


「9時方向、問題ありませんわ」


「ローのほうも、だいじょうぶ」


「後方も見える範囲にはなにもいないようです」


 止まっていると水面下にある足が緩い地面にめり込んでいくのがわかる。


「前方にディープアリゲーターがいる。かなりデカいな。まさかの10メートル超えか」


 彼我の距離はまだ50メートルほどあるだろうか。

 この距離で発見できたのはついていた。


 しかしこれだけ離れていてもその存在が確認できるぐらいのデカさだ。

 もしかしたらこのエリアのボスかもしれない。


 水辺ではこちらが圧倒的に不利だからできれば戦いは避けたい。


 三人はそっと背を伸ばしてディープアリゲーターを目視しようとしている。


 慌ててアームドコートを召喚しなくなったのは成長していると言っていいだろう。


 あっちは既に俺たちのことを感知しているはずだ。

 ディープアリゲーターはわずかな水の波紋にも反応する。

 俺たちが水辺を歩くことで発生した振動をヤツが捉えていないはずがない。


「どうしますか?」


「少し様子を見てみよう。なるべく動かないようにしてくれ。あいつらはわずかな水の動きにも敏感に反応するんだ」


 運が悪いことに遺跡の入口に陣取っている。


 しばらく様子を見守って移動するのを待つのも手だが、動きがないようなら諦めて別のポイントへ向かうべきかもしれない。


 さてどうしたものか。


「なんだか、ゴツゴツ」


「あんな分厚そうな皮膚にわたくしの攻撃が通用するのか疑問ですわ」


「すごく、大きいし」


「わたくしたちの10倍ぐらいありそうですわね。数字ではわかっていても、実際に目にしてみると想像していたよりもずっと大きかったのですわ」


 唐突にディープアリゲーターが大口を開ける。

 鼻先にとまっていた鳥が羽ばたいていった。


 相手が襲い掛かってくると勘違いした三人はアームドコートを召喚している。

 悪くない反応だ。


「アームドコートはそのままでいい。戦闘になる可能性もあるからな」


 ゴクリと喉を鳴らしたのは果たして誰だったのか。


「な、なんですのあの口。わたくしなど一飲みされてしまいますわ」


「ギザギザ、だった」


「尖った歯がたくさんありましたわね。あれに噛まれたくはありませんわ。わたくし、食べるところが少ないですし、きっと美味しくはないのですわ」


 一度口を開けた以外に動きはなかった。


 もしかしたらあそこはあいつの縄張りになっているのかもしれない。

 それならこの遺跡は諦めて別のポイントに向かうべきだろう。


「ここは諦めて他所へ行こう。ローゼル、地図を表示してくれ。新しいルートを共有する。その間、ササンクアとティアは周囲の警戒――」


 最後方にいたササンクアの背後にザバリと水柱が立った。


「ちっ」


 両手で双子を突き飛ばし、ササンクアの手を取って抱き寄せる。


「きゃ!?」


 水草ごと削り取るように大顎が閉じられる。


「もう一匹いたのかっ」


 ササンクアを抱きかかえたままその場を離れる。


 俺に突き飛ばされて尻餅をついていた双子も立ち上がって距離を取っている。

 二人ともいい判断だ。


 チラリと後方を確認すると、遺跡の入口に陣取っていたディープアリゲーターの姿がない。


「す、すみません。近づかれていたのに気が付きませんでした」


「俺もうっかりしていたよ。あいつらはツガイで行動することが多いんだ」


 遺跡の入口にいたヤツがオトリで、もう一匹が背後から襲い掛かかるという作戦だったのだろう。

 なかなか知恵が回るじゃないか。


「俺がヘイトを稼ぐ! 全員にシールドをくれ!」


「はい!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る