第27話 英雄、ディープアリゲーターを倒す

「ヤツの動きを俺が止めたら、ティアとローゼルは一撃離脱でダメージを与えるんだ!」


「わかりましたわ!」


「うん!」


 バシャバシャとわざと水音を立てながらディープアリゲーターの前を横切ってやる。


 当然、ヤツは俺に反応する。

 くねる様に体を動かしながら一気に接近し、最後の距離をジャンプするように飛び掛かってくる。


『ジャアアアアアア!』


「よっ」


 大きく開けた下顎に左手を添えて進んでくる方向をずらしてやる。

 突進の勢いそのまま草むらに顎から突っ込んだ。


「そんなに暴れるなよ!」


 太くて長い尻尾を脇に抱えて捕まえる。


「今だ。こい!」


「やああああああ!」


 大きく跳躍したティアが俺の頭を超えて襲い掛かる。


 ディープアリゲーターは上への視界は広いが肉体の構造上、上を向くことができない。

 正面からであれば大きく口を開けて食いつくことができるが、後方からの場合はそれもままならない。

 しかも逃げようとしても俺が尻尾を捕まえている。


 逃げられないと悟ったのかディープアリゲーターは一番硬い背中を向けた。


 ティアは自身の体重を乗せて背中に一撃を見舞う。


 ガツンと、まるで石壁を殴りつけたような鈍い音がする。


「くっ!? 硬いですわっ」


 ティアの顔が驚愕に歪む。


「なら、ローが、やる!」


 横合いから突っ込んできたローゼルが右腕を振り上げて拳を放つ。


『ギシャアアアアアア!』


 ゾブリとくぐもった音と共にディープアリゲーターの腹部に拳が刺さっていた。


 ディープアリゲーターの腹部は背中よりも鱗が薄い。

 そこにヘビィアームドの拳を見舞えば貫通は自明の理だ。


『シャアアアア! ジャラララララ!!』


「ぐ、ぐぐぐぐ……」


 痛みに暴れる尻尾を離さないように力を籠める。


『ジャアアルルルルル!』


 いきなりその場で回転を始めた。

 本来は獲物に食らいついて仕留める時にするデスロールだ。


 大量の水が跳ね上がり、俺は全身ずぶ濡れになる。

 激しい動きと水に濡れたことでスルリと逃れられてしまう。


「すまん、逃がした!」


 手負いのディープアリゲーターは体をしならせながら逃げ出す。

 その先にはササンクアがいる。


「ササンクア! 全力防御!」


「はいっ」


 膝を曲げて腰を落としたササンクアが両腕を前へ伸ばす。


絶対防御障壁アンチガードシェル!!」


 ササンクアを中心として半球状の防御障壁が展開する。

 そこへディープアリゲーターが鼻先から突っ込む。


『ジャルルルルルルゥ!』


 障壁に防がれたにもかかわらず大顎でしつこく噛みついている。


「ローゼル、行きますわよ!」


「うん!」


 動きが止まっていると見た双子が背後から駆け寄っていく。


「待て! 背後から迂闊に近寄るな!」


 俺の声は耳に入っていないのか、水音を立てながら二人がディープアリゲーターへ迫る。


『ジャジャアアア!』


 待っていたとばかりに尻尾を横に払った。


「きゃっ!?」


「ひぃぅ!!」


 まとめて薙ぎ払われ、吹き飛ばされる。


 離れた場所から水音が二つ。

 あの角度と勢いならシールドも生きていたし無事だ。


 だがもう一発はシールドが持たないだろう。

 二人を危険にさらすわけにはいかないからあとは俺がやるしかない。


「お前の相手は俺だ!」


 回り込みながら顔のある方向から近づいていく。

 グルリと目が動いて俺の動きを捉えているのを確認する。


 迎え撃つようにディープアリゲーターが大顎を開く。

 俺は構わずに口の中へ右手を伸ばした。


「ジニアさん!?」


 ササンクアの位置からだと俺が食われてしまったと見えるはずだ。

 だがシールドのお陰で口は閉じ切っていない。


「こいつだ!」


 喉の奥にある突起を掴み、さらに押し込んでやる。


 ディープアリゲーターが口を開ける時は水が入り込まないように舌と弁でしっかり閉じている。

 だがこうしてやるとその蓋ができなくなってしまう。


 ザブザブと音を立てながら大量の水が流れ込んでいく。


『ゴボボボボボ……』


 溺れそうになったディープアリゲーターは頭を振って俺を吐き出そうとする。

 だが俺は渾身の力で突起を握り続けた。


 徐々に口を閉じる力も落ちてくる。

 ササンクアのシールドがギリギリで耐えてくれていた。


「弱点はそのままでいいのか?」


 ギョロリとした目に左の貫手をお見舞いしてやる。


『ギャワワワアアアアアアアアン!』


 叫ぶとより多くの水を飲み込むことになる。

 シールドを砕こうとしていた顎から力が抜けていく。


 完全に力が抜けるまで押さえ続け、最後に弱点であるもう片方の目も潰すと辺りが静かになった。


「お、終わったんですの?」


 頭から落ちたのか、ティアとローゼルの綺麗な金髪から水が滴り落ちていた。


「ジニアさんは無事なんですか!? ケガがあればすぐに癒やします!」


「大丈夫だ。どこもケガはしていない。悪いが二人を見てやってくれ。シールドがあったから大丈夫だとは思うが、頭から落ちたみたいだからな」


 俺の方は右腕を突っ込んだ際に歯に引っ掛けて袖が少し破れているぐらいだ。


「わ、わかりました。お二人とも大丈夫ですか?」


 移動しようとするササンクアの背後に波紋が広がっている。

 すれ違いざまにササンクアを抱き寄せ、そこを踏みつけてやった。


『グプププププ……』


「な、なにを!?」


「ジニア様の足元! もう一匹ディープアリゲーターがいますわ!」


「ええっ!?」


 怯えたササンクアの両腕が俺の首に回される。


「大丈夫だ。こいつらの噛む力はすごいが、口を開く力はそうでもないんだ。よっと」


 ほっそりした体つきのササンクアを脇に退けて、溺れかかっているディープアリゲーターの口を体全体で抑え込む。


 バシャバシャと水音を立てて暴れるが、やがて静かになった。

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