第137話 24 英雄、魔力素というものを知る

「こちらではそのあたりの研究が進んでいないのかもしれませんね」


 俺たちの反応の薄さに困惑気味だったシクモアは、パキラの言葉に納得がいったというように頷いた。


「この国にはダンジョンに否定的な一派がいると聞いた。その影響もあるのかもしれん。愚かなことだ」


 腕組みをしたシクモアはわずかな時間、目を閉じていた。


「我が国とこの国の事情が同じとは限らないという前提で聞いて貰いたい――」


 そしてシクモアが語った内容は俺の知らないことばかりだった。


「迷宮やダンジョンで得られる食料にはごく微量の魔力素マイクロマシンが含まれている。この魔力素が体内に一定量以上ある者はアームドコートの召喚が可能となるのだ」


「ま、待ってくださいまし。アームドコートが召喚できるかどうかは生まれ持った資質ではありませんの?」


「それは一部では正しい。生まれた時から魔力素が高い者はアームドコートの召喚ができる前提を持っているからだ。また体内に持つ魔力素が多ければ多いほど装腕率が高くなることも判明している」


「手の甲にある紋章は召喚に関係ないのですか?」


「関係はある」


 シクモアの視線が俺の右手に向けられる。


「今のジニアがアームドコートを召喚できないのは右手の紋章がないからだ」


「ああ。多分そうなんだろうな」


「我が国においてアームドワーカーの比率は全国民の六割に達している。国民の半分以上がアームドコートを召喚できるのだ。そして迷宮に入り日々の糧を得ている」


 聖塔王国では紋章を持つのは貴族で8割ほど、平民では2割程度だと言われており、アームドコートの召喚ができるのはその中のさらに何割でしかない。

 国民全体で見れば一割を切るはずだ。


「そんな……信じられませんわ」


「どうしてそこまで大きな違いが出ているんでしょうか?」


「紋章の有無は遺伝の要素が大きいと言われている。祖先に紋章持ちがいれば発現しやすい」


「貴族に紋章持ちが多いのはそれが理由だったのか」


 もっともアームドコートの召喚ができるといっても全員がアームドワーカーになるわけではない。

 貴族でありながらダンジョンに潜っているティアやローゼル、それにタンジーたちは少数派なのだ。


「先ほどダンジョンの食料には魔力素なるものが含まれているとおっしゃいましたが、そもそも魔力素ととはなんなのですの? ササンクア様のような癒やしの力を持つ聖人の魔法とは違うのでしょうか?」


「聖人の持つ力は魔力素とは異なるモノだと考えられている。我々もすべてがわかっているわけではないのだ。そもそもの話、仮に魔力素に関する推論が正しいとすれば『召喚』という言葉は正確ではない」


 シクモアはカフワで喉を湿らせる。


「体内に存在する魔力素はある指示を受けると形状や性質を変化させる。これがアームドコートだ。キーワード――甲腕顕現アームドリアライズという文言を唱えることで魔力素は形を変える。体表面を覆って肉体を保護するのだ。だからどこかわからない虚空から物質を呼び出して装着するというイメージの召喚とは異なると言える」


「つまりアームドコートの元になるモノは自分の体内にあるってことなんだな」


「そうだ。そしてそれは後天的に補うことが可能だ」


「それがダンジョンや迷宮から得られる食料なんですね」


「ですが、わたくしとローゼルが初めて召喚に成功した頃はそれほど装腕率が高かったわけではありませんわ。ダンジョンから得たであろう食事を何度か口にしているはずですのに」


 とある貴族のお屋敷でレプリケーターで作ったと思われる食事を口にしたことがあると言っていたな。


「それは生まれ持った魔力素の量がそれほど多くなく、日常的に摂取していなかったからだろう。あくまで傾向を示しているだけで絶対にそうというわけではない」


 紋章を受け継ぎ、魔力素が体内に一定以上あれば、まず間違いなくアームドコートの召喚ができる。

 もしも魔力素が足りない場合は食事で補える。


 そういう原理が一般にも知られているから聖古宮王国ではアームドワーカーの比率が高いのか。


 だが紋章がなければ絶対にアームドコートの召喚はできない。

 今の俺のように。

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