魔の手

(……不気味、ですね)


 一方、ユリス達とは離れた場所でエミリア達も探索を続けていた。

 辺りは異様に静かで、魔物が現れる気配すらない。それが不気味で仕方ないエミリアであった。


「私、こういった冒険は初めてなので少し緊張します……!」


 エミリアの後ろには縮こまるセシリアの姿。

 頑張ろうとしているものの、その体は震えており、いつもの支えがいないから故なのだと、エミリアは感じてしまう。


「大丈夫ですよ。セシリア様の事は私が守りますから」


「そうですよ聖女様! 私達がついております!」


「あ、ありがとうございます……! そう言っていただけると安心します!」


 エミリアであった以外にも、Sクラスの男子が剣を携え、胸を張ってセシリアを励ます。

 その姿に、少しだけ安堵するセシリア。本当に、彼がいないと不安なのかもしれない。


(セシリア様だけは何とかして守らないといけませんね……)


 例え、自分の身が危険に晒されようとも。

 あの人の大切な人が傷つけられたとなれば、あの人もまた傷ついてしまうと。

 もちろん、自身の命が最優先なのは分かっているが、それでも守らなければ、と思ってしまう。


 それを抜きにしても、セシリアは王国がお願いして入学して貰った聖女だ。

 その身に何かあれば、王国の立場が危うくなる。


 故に、エミリアは国としてもユリスの事を思っても、セシリアの身を第一に考えなくてはならない。


(それに、私が危険になればユリス様が来てくださいますから……)


 エミリアは不安を消すようにポケットの中にある水晶を握る。

 いつでも、いつでも砕けるように。


(それにしても……本当に不気味ですね)


 辺りの静けさもそうだが、一番の理由はそこではない。


「……ガァ……ァ」


 エミリア達の先頭を歩く金髪の少年。

 森に入る前まではただただ大人しかったものの、今となっては変な唸り声を上げている。


 その表情がどうなっているかは分からない。

 でも、エミリアはバーンに近づくのはマズいと本能的に感じてしまった故に、セシリアを連れて離れた距離で見守ることにした。


(……さらに言えば、このパーティー編成にも何やら意図的なものを感じます)


 カエサルの一存だと言っていたが、この編成には違和感を感じるエミリア。

 よくも悪くも、エミリアはカエサルが平等に生徒を見る講師だと思っており、そこに私的感情は持ち込まない人だとも思っていた。


 なのに、これはどうだろうか?

 自分達に良くない感情を抱いているバーン、そしてセシリア。どう考えても、意図的にユリス達から離されたようにしか感じない。


 そんな時ーーーー


「ウガァ……ガッ……ラガァ……!」


 目の先を歩くバーンがいきなりもがき始めた。

 苦しそうに、首をかきむしりながら必死に声にならない声を上げている。


「ど、どうしたんですかバーン様……?」


 エミリアは反射的にセシリアを後ろに庇い、自分の愛用のロッドをバーンに向ける。

 だが、現状が掴めない男子生徒は心配そうに恐る恐る近づく。


 そしてーーーー


「グルガァ……ッ!!!」


 バーンが身を翻した。

 黒く変わった目が血走っており、涎の垂れた状態で勢いよくエミリアに向かって肉薄してきた。


「なッ!?」


 エミリアはバーンの豹変ぶりに、自分に向かってきている事に驚いてしまう。

 だが、いつまでもそうしているわけにはいかない。

 冗談ではないと感じ取ったエミリアは、愛用のロッドを地面に突き立てる。


「壁よ!」


 バーンが迫りくる進路上に、大きな氷の壁が現れた。

 エミリアはバーンとは違い、一般的な無重属性シングルだが、得意とする氷魔法は群を抜いている。


 内包する魔法量は学年一、魔力操作の技術は魔法が得意な種族のエルフであるミラベルと並び、臨機応変な対応能力は大人顔負けーーーー天才であった。


 ほぼ無詠唱であるその氷の壁に、バーンは構わず突進してくる。

 そしてーーーー


「ガウラァッ!!!」


 物凄い衝撃音と共に壁が砕かれてしまった。

 バーンは肉弾戦よりも、自分の二重属性ダブルを活かす遠距離戦を得意としていたはず。故に、あんな壁を一身で壊すような芸当はできないはずなのだ。


(……マズい、ですね)


 迫りくるバーンに対し、エミリアは顔色一つ変えずに相対する。

 それは、焦っても現状を変えられないということをしっかりと理解しているからだ。


「エミリア様!」


 エミリアが危険だと感じ取った男子生徒が、エミリア達の間に割って入る。

 尋常ならざる形相を見せるバーンに少しだけ腰が引けているが、それでも立ち向かおうと剣の切っ先を向けた。


 だけどーーーー


「やめなさいっ!!!」


 エミリアは叫ぶ。

 彼の力量は知っているーーーー故に、今のバーンに立ち向かうべきではないと。


「グルゥ……アァァァァッ!!!」


「ぐはっ!」


 バーンの横殴りの一発を食らい、男子生徒がおもいっきり吹っ飛んでしまう。

 木々にぶつかり、口から血が流れてしまった彼を見て、やはり今のバーンには容赦がなく今までのバーンではないと理解してしまった。


(あれは何かに変わったのでしょうか……!?)


 先日まで普通だった生徒があそこまで急に力をつけれる訳がない。

 今の拳だって、下手すればS級のカエサルに届きうる。


(とりあえず、セシリア様の安全が最優先……!)


 だからエミリアは背後で体を震わせるセシリアに優しく声をかける。


「セシリア様」


「は、はいっ!」


「……彼はあばらの何本かが多分折れています。それに、そのせいで内蔵が傷ついているかもしれません」


 エミリアは冷静に、恐怖をこれ以上セシリアに与えないように後ろを振り向き、優しい笑みを向ける。


「で、でしたら今すぐに癒してあげないとっ!」


「えぇ……よろしくお願いします。私はーーーーこののお相手を致します」


「えっ?」


 エミリアの言葉に驚く声を上げてしまうセシリア。

 だが、そんなことはお構い無しでエミリアはバーンを見据える。


(最早自我はないように見えますね……ですが、目だけは何故か私をずっと捉えています)


 であれば、己がするべき事は一つだ。

 ここから離れ、セシリアを危険に晒されないようにバーンを引き付け、彼に近づける所まで向かう。

 幸いにして標的はエミリアだと思われる。引き離すには大分楽だろう。


「ではっ、よろしくお願い致します!」


 そして、エミリアは身体強化の魔法を行使し、バーンに背を向けた状態で駆ける。


「グラァ……ッ!!!」


 すると、バーンも予想通りエミリアを追いかけていった。

 セシリアからバーンが離れた事を横目で確認すると、エミリアは安堵する。


「ここからは持久戦です……ッ!」


 きっと、セシリアは魔信号を打ち上げてくれる。

 その間に自分は出来るだけバーンを引き離して、皆の安全を確保する。


 もし、もし自分が危険になった時はーーーー


「頼りにしてますよ……」


 ポケットにある水晶を取り出して、エミリアは彼を想うのであった。



 ♦️♦️♦️



 エミリアがバーンをつれて離れた後。

 セシリアはエミリアの言う通り、身を呈して守ってくれた男子生徒に駆け寄り、癒しの魔法をかけていた。


「主たる女神アルシュナの恩恵を受けし者が願います。彼の者に安らぎと癒しを与えてたまえ……」


 セシリアが唱え、手のひらから淡い光が浮かび上がる。

 その光は横っ腹を癒し、目には見えないものの、折れた肋を瞬時に治してく。

 その中で傷つけられた内蔵も傷が癒え、彼の重症を消し始める。


「……」


 男子生徒は殴られた衝撃なのか、木にぶつかった衝撃からなのか意識がない。

 だから治ったかも分からないのだが、セシリアにはその確信が何故かあった。それは彼女が聖女で、今まで数多くの者を癒してきたからの勘なのだろう。


「とりあえず、魔信号を打ち上げないとですね!」


 この状況は最早訓練を越えてしまった。

 エミリアが引き連れてくれてはいるものの、バーンの様子は尋常ではなかった。それは、戦闘において無力なセシリアでも分かる。


 だからセシリアは支給された棒状の魔道具を取り出すと、その棒に己の魔力を注ぎ始める。

 すると、その魔道具の先端が光り始め、上空に向かって大きな光の狼煙が上がった。


(これで大丈夫です……)


 後はこれに気づいたカエサル達がやって来てくれる。

 もう、自分に出来ることはこの男子生徒を見守ることぐらいだが、最低限の事はやり終えた。


(こんな時、ユリスがいてくれれば……)


 セシリアは己の大切な人を想う。

 それは、セシリアが最も信頼し頼りになるからこそ、こういった事態に名前が出てしまうのだろう。

 だけど、今考え心配になるのはーーーー


「どうか無事でいてください……エミリアさん……」










「おぉーっと! 自分の心配より王女様の心配をするとは! 流石は聖女様!」


「……え?」


 不意に、声が聞こえる。

 草影から、魔獣でもなくクラスの人でもなく講師の人達の声でもない。

 その者はボロボロのローブを身に纏い、腕に大きな禍々しい龍の紋章が描かれていた。


「全ては邪龍復活の為にィィィィィィィッ!!!」


 新たな魔の手が、セシリアを襲う。

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