アナスタシアVSミラベル①

『ミラベル……もし、お前がアナと戦うって言うなら一つだけ――――目だけは絶対に見るな』


 その一言が、ミラベルには理解できなかった。

 でも、もしアナスタシアが突如瞳の色を変えて戻ってきた理由にそれが起因しているのであれば……不思議と納得ができる。


 別にユリスの言葉を疑う訳じゃない。

 理由は理解できていなくとも、見ていけないのであれば見ないだけ。


 ただ、ミラベルが得意とする戦闘スタイルは自身の得意な風魔法を使った遠距離タイプ。

 遠く離れた場所から敵を正確に捉え、牽制しながら相手を近づけないまま勝利へと運ぶ。


 しかし、それは相手の動きを正確に捉えないとそもそもが発揮できない。

 相手の位置を把握していなければそもそも遠距離の魔法など当てられるはずもないし、距離の詰め方まで分からない。


 捉えないといけない――――すなわち、アナスタシアをずっと視界に入れなければならない。

 それは、間違いなくアナスタシアと目を合わせる行為に繋がってしまう。


 であれば、どうすればいいのか?

 ここに訪れるまで、ミラベルは考え続けた。


 そして、考え抜いた結果————


風纏ジェネレート!」


 ダッ、と。ミラベルが勢いよくアナスタシアへ向かって肉薄していく。

 自身の体に身体強化と手足に瞬くようなスピードで渦巻く風を纏いながら。


「へぇ……私相手にいい度胸じゃない」


 そう、ミラベルが考え抜いた結果は『肉弾戦』。

 それも、アナスタシアの土俵である接近戦であった。


 アナスタシアは、そんなミラベルを見て不遜な笑みを浮かべながら抜刀する。

 己の得意とするスタイルを変えてまでアナスタシアの得意なスタイルに合わせてきた。

 何か策があるのか? アナスタシアは笑いながら肉薄するミラベルを観察する。

 すると――――


(なるほど、ね……そうしたのね)


 アナスタシアはミラベルの顔に目がいった。

 そして、不思議と納得してしまう――――こそ。


「ユリスの入れ知恵かしら!?」


 視線を合わせてはいけないのであれば、目を瞑ればいい。

 単純明快。これなら、アナスタシアから魅了チャームを受けなくても済む。


「だけど、目を瞑ってたままだと何もできないわよっ!」


 アナスタシアが自身に身体強化を施してミラベルに接近する。

 地を駆け、最も得意とする速度でミラベルの速さを上回る。


 ミラベルの動きは単調。ただ、アナスタシアに直進していくだけ。

 故に、アナスタシアがミラベルの直進を捻り、背後を取ることは容易かった。


 アナスタシアは腰を落とし、ミラベルの背後に回るとそのまま足めがけて細剣を突き出した。

 急所は狙わない。いくら頭に血が上っていたとしても、最小限の怪我だけで戦闘不能にさせる。


(確かに、私の魅了チャームは目を瞑れば防げるわ……けど、相手を補足できないのであれば意味がないっ!!!)


 だけど—―――


「はっ!」


 ミラベルが、振り向きざまに蹴りをアナスタシアの細剣めがけて放った。

 


 予想外、アナスタシアは一瞬だけ体が硬直する。

 そして、その隙を逃さまいとミラベルがアナスタシアの懐に拳を打つ。


「ちっ!」


 アナスタシアは咄嗟に空いた腕でミラベルの拳を受け止めた。

 身体強化が加わっている拳は鉛のように重く、受け止めた腕はところどころに切り傷が生まれていた。

 それはきっと、ミラベルが纏っている風の螺旋が原因だろう。


 一瞬の硬直があったとはいえ、アナスタシアは接近戦を得意とする戦士だ。

 自分めがけて放たれた拳にかろうじて反応することができる。


 しかし――――


「驚いたわ……ミラベル、あなたどうやって見ているの?」


 弾かれた細剣を再び突き出していくアナスタシア。

 だけど、ミラベルは体を捻ることで躱し、もう一度アナスタシアに拳を放っていく。


「単純な話だよ……エルフは、耳がいいんだ」


 視覚の代わりに聴覚を。例え、遠くの距離のものの音を拾うことしかできなく、正確な位置が捉えられないのであれば近くに接近すればいいだけの話。


「この距離だったら。ユリスくんがなんであんなことを言ったのか分からないけど—―――これなら、アナスタシアちゃんの目を見なくても戦えるから!」


「……本当に、厄介ね」


 だけど、と。

 アナスタシアはミラベルが放った拳を素手で受け止める。

 纏う風によってアナスタシアの手は傷ついていくが……それでも関係ない。


「戦えるだけなら、私の相手じゃないわ――――私の土俵に、あなたはまだ不相応よ」


 肉弾戦はリカード、アナスタシアがクラスでも群を抜いている。

 そんな相手に、護身程度の術しか持ち合わせていないミラベルが適うとは思えない。


「そうかもしれない……けどね—―――」


 ミラベルはもう片方の拳をアナスタシアへと向ける。


「私はだ!!! アナスタシアちゃんより、魔法に関しては長けているんだよ!」


 それを見て、アナスタシアも細剣を拳めがけて突き出した。

 魔法を使う前に己が前に踏み出すために。


「風聖翔!!!」


 突如、ミラベルの突き出した拳から風が荒れた。

 荒れた風は収束し、アナスタシアの胴体めがけて真っ直ぐに至近距離から薙ぎに向かう。

 だけど、アナスタシアは突き出すことをやめ、細剣を上へ振り上げることによって拳の軌道を逸らした。


「分かってるわよ、それぐらい……でもね—―――」


 アナスタシアは、獰猛な瞳でミラベルを見据える。


「それで勝てるだなんて思っていちゃダメでしょ? それはかなり――――傲慢だわ」


「アナスタシアちゃんだって――――その発言こそ傲慢だよ」


 一歩も譲れない。

 その戦いが、先に火蓋を切った。

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