ミュゼVSティナ、リカード①
「安心せぇ……殺しはせんよ。
ミュゼが指を鳴らす。
すると、虚空に数百もの黒く染まった槍が展開された。
言葉とは裏腹。その光景は安心する要素が何一つ見当たらない。
その光景に、リカードは頬を叩いて気合を入れ直す。
「……では、リカード様。よろしくお願いします」
「おうよっ!」
リカードはティナを庇うように前へと立つ。
大きな大剣を構え、神経を研ぎ澄まし、目の前の少女へと瞳を凝らす。
『師匠は不死身だ。どんな致命傷も瞬時に塞がってしまう。だけど—―――』
ティナは、脳裏でユリスの言葉を思い出す。
『弱点がないわけじゃない。足止め……それだけで十分なんだ。そうなれば、師匠に最も有効的なのは—―――』
(私……そちらは専門外なんですけどね)
ティナも、神経を研ぎ澄ます。
愛用のロッドを構え、徐に目を閉じる。
「ほれ、行くぞ」
帳が砕かれ、昼間の日差しが明るさを取り戻す中、ミュゼが手を振りかざした瞬間に闇が訪れる。
それは、無数の槍によって視界を覆い潰したが故に。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
リカードは雄叫びを上げ、迫りくる槍を大剣一つで弾き落としていく。
具体的な思考など後回し。反射的に、致命傷以外の攻撃は無視をし、ティナを守ることだけに集中させる。
ガコッ! という槍が弾かれる音。
グサッ! という槍が突き刺さる音。
グシャリ! という槍が肉を抉る音。
それでも構わない。
リカードは、制服を血で汚そうが構わず槍を弾き続ける。
そしてティナもまた、リカードがどんな傷を負おうがお構いなしに目を閉じ続ける。
小さく、それでいて信念を乗せた言葉がティナの口から紡がれる。
「赤より赤く。彼の物よりも誰よりも赤く。赤が赤のためだけに成せる赤。赤こそ、赤に彩られる故に存在する赤」
「むっ?」
その呟きは、正しく詠唱。
ミュゼは、ティナの紡ぐ詠唱に眉を顰める。
余裕に構えていたのにもかかわらず、ティナの発する詠唱が何であるか――――それだけに思考を巡らせた。
魔法を学ぶ学園の長————その役職に就いているからには、多少なりとも魔術には詳しい。
故に、詠唱を聞けば大抵は魔術の内容は理解できるわけで――――
「ちっ! 我が弟子の入れ知恵かのぉ!?」
ミュゼが焦りを見せ始めた。
槍を放出させるだけでいたはずのミュゼが、虚空に生まれた槍を一本手に取ってティナに向かって肉薄していく。
「行かせるわけがねぇだろうが!!!」
弾きながら、肉薄するミュゼの直線上に体を潜り込ませるリカード。
そして、突き出したミュゼの槍を弾きつつも降り注いでくる槍を同じ要領で弾いていく。
「生徒のできる芸当とは思えんのぉ!?」
「気合と筋肉があれば十分だぜ!!!」
リカードの芸当はミュゼの言う通り、生徒ができる芸当を超えている。
最小限とはいえ、ティナを守りながらも槍を弾きながらミュゼと相対していく。
二つのことに神経を割かなければいけないという以前に、物量を剣一本で払っていく技術は凄まじいの一言だ。
「だらっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
称賛————ではなく、忌々しく。
ミュゼは、立ちはだかるリカードをきつく睨みつける。
(俺の役割は、ティナ様の詠唱が終わるまでの時間稼ぎ……それまでだけなら、持ちこたえれるはずだぜ! なぁ、そうだろ!? リカード・ラキスタン!!!)
リカードとて、このような芸当がずっと続けられるわけがないというのは理解している。
傷は徐々に大きくなってしまい、致命傷以外……などというよりかはティナを守ることを優先し、ミュゼを近づけないようにだけに思考がシフトしていく。
こうしている間にもミュゼは槍を振り回し、リカードを払おうとしている。
それを防ぐのにも限界は訪れるだろう。
だけど—――――
「我は赤のために存在する者。赤のために血肉を捧げる者。赤を顕現させる者。そのための赤は、この世に顕現させてはならぬ物。故に、赤は赤に赤だけに使われる。そう、赤は赤に赤の中でこそ赤である」
その前に、ティナの詠唱が終わる。
「赤が、赤が赤に赤を赤は赤の赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤————」
ティナの額が赤く染まる。
それだけではなく、ティナの頬が、腕が、足が、周囲が。全てが紅蓮よりも鮮やかな赤に染まっていく。
それを見たミュゼは、槍を収めて勢いよく後退を始めた。
(あやつめ……妾の弱いところをきっちりと教えよぉたな!)
吸血鬼の魔術は、全て影から生まれる。
それは、影に特化した種族であり影に寄り添って生きてきたが故に影を一つの武器として認識しているから生まれたのだ。
どうして、吸血鬼は日差しが弱いのか?
それは、日があれば影は生まれないからだ。
ミュゼは半端者————日差し事態は弱点ではない。
だけど、影によって生まれた魔法は? その弱点はどうなるのか?
答えは……否。
影は日差しの下では弱体化する。
(足止めだけなら……この魔法だけで十分すぎるわい……ッ!)
けど、普通の日差しであれば問題はない。
こうして帳が砕かれてもなお、ミュゼが魔法を通常の威力で展開できたのがその証拠だ。
しかし――――
「じゃから、それは生徒のできる芸当じゃないと言うとろぉが……!」
「赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤————私も……これは専門外なんです」
ですが、と。愚痴を溢すミュゼに向かってティナは不遜な笑みを浮かべる。
口元から血が垂れている。それでも、ティナは大罪に寄り添う者として……傲慢であろうと笑みを深める。
「がふっ……!」
胸から込み上げてきた血を思わず吐いてしまう。
それでもなお、ティナの顔には不遜で……恍惚とした笑みを浮かべていた。
(あぁ……素晴らしい。愛し人のために力を振るうことの全てが……最高に、尊いものです……ッ!)
そして、ティナは愛用のロッドを地面に突き立てる。
「超級魔法————炎天赤っ!」
地面が赤く染まる。
大きな火の波が、一帯を覆いつくす。
大きく絢爛とした太陽が、ティナとリカード、ミュゼの頭上に現れる。
その光景は—―――一言、眩しすぎた。
「やりおったのぉ……童が」
顕現した瞬間、ミュゼの生み出した槍が原型を失った。
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