告白

「……え?」


 ユリスのその一言は、セシリアの思考を止まらせる。

 どういった目的でユリスがここにつれて来たのかも分からない。どうしてそんな事を言ったのかも分からない。

 ただ、セシリアの頭には「関係を終わらせる」という言葉のみが反芻する。


 それがセシリアを焦らせる。

 セシリアはユリスの元に駆け寄り、そのまま彼の腰目掛けて思いっきり抱きついた。


「わ、私っ! ユリスに嫌われる事をしましたか!? やはり、あの時言った言葉は迷惑でしたか!?」


 あの言葉は言うはずもなかった本心だ。

 そして、再びユリスに想いを告げようともしているのだが、こうして「関係を終わらせる」と言われてしまえば、今セシリアが口にする言葉は告白などでは断じてない。


 想いが実らなくとも、ユリスに嫌われるという事は、セシリアにとって耐え難いものなのだから。


 自然とセシリアの頬に涙が伝う。

 焦りが滲んだ表情はやがてぐしゃぐしゃになり、小さな嗚咽へと変わっていく。


 それを見たユリスは────


「あ、あれぇ!? ど、どうして泣いているのセシリアさん!?」


 ────同じく、焦っていた。

 先程までの不遜な笑みは消え、今はわなわなと行く場を失った手が虚空を彷徨っている。


「あの言葉は聞かなかった事にしてもいいですからぁ……嫌いにならないでください……っ!」


「待って!? どうしてそんな話になった!?」


 自分の腹部に抱き着いて泣きじゃくるセシリア。ユリスの焦りも最高潮に達してしまうのだが、もはやどうしたらいいのか検討がつかない。


「だ、だってぇ……! ユリスが……ユリスが私との関係を終わらせると……っ」


「あ、あのな……? あれは別にセシリアが嫌いだからとか、もうこれっきりにしようみたいな意味じゃないからな?」


「……ふぇ?」


 セシリアが泣き腫らした顔でユリスを見上げる。

 その表情は、内なるユリスの『S』を大いに刺激したのだが……それは内心に留めておく事にした。


 ユリスは不安と疑問を浮かべるセシリアの頭を優しく撫でる。


「やっぱり、格好つけるもんじゃねぇなぁ……俺には一生似合わないジャンルだわ……」


 格好つけただけでこうしてセシリアを泣かせてしまうなら、始めからちゃんと伝えておけばよかった、ユリスは今更ながらに後悔する。

 だから今度はちゃんと口にする為に、ユリスは小さな深呼吸をしてセシリアの顔を真っ直ぐ覗き込んだ。


「なぁ、セシリア?」


「は、はい……」


 そして、その先の言葉を口にする────



「俺は、セシリアを愛している」



 ユリスの言葉は静かに森の中に溶け込んでいく。

 小鳥の囀りや、草木が靡く音など、この瞬間だけはユリスの言葉を遮らなかった。


 故に、その言葉はセシリアの耳へとしっかり届き────


「……ふぇっ!?」


 今度はちゃんと理解まで至ったのか、顔を真っ赤にさせて驚いてしまった。


 ユリスに愛していると言われた。

 想い人から想いを告げてもらった。


 その事に対し驚くのは無理もないが、それでもパニックに陥らなかったのは元からその覚悟をしていたからなのだろう。


 ユリスはセシリアの顔を覗きながら、想いの続きを紡いでいく。


「俺がこの力に呑み込まれた時も、弱気になっていた時も、醜い姿を見せてしまっても、いつも俺の横にはお前がいてくれた」


 始めは、鬱陶しい奴だとユリスは思っていた。

 ただ助けただけの存在が後ろをついて歩き、娼館行きを邪魔されたり、周辺貴族から遠回しの罵詈雑言の手紙が送られてきたり、いつの間にか滞在していたり。


 どれもがユリスの邪魔でしかなかった。

 平穏に生きてきた生活に異分子が紛れ込んできたかのようだった。

 だけど────


「どんな姿を見せても、どんなに辛くあたっても、どれほど俺が曲がっていても、セシリアを俺を見てくれた。前を向かせてくれた。頑張ろうと……そう思わせてくれたんだ。それがどれだけ俺の心を救ってくれたのか────正直、口にするのが恥ずかしいくらいだ」


「そ、そんな事は……」


「あるんだよ。そんな事が……じゃなかったら、今まで俺はお前を……大事に守ってきたりしてねぇよ」


 セシリアには分からないユリスの気持ち。

 それは日に日に増していくばかりで、今となっては等身大の想いになってしまったくらいだ。


 理解して欲しいなどとは言わない。

 それでも、そう思っているのだと知って欲しい。


「俺はセシリアの真っ直ぐな部分が好きだ。たまに余計な厄介事を持ってくるけど……それでも、他者に優しく平等に救おうとするセシリアの信念は……凄いと思ってる。俺には真似出来ないけど、セシリアならできる────そんな部分が、俺は好きだ。俺は、そんなセシリアの信念や、優しさや、笑顔に数え切れないくらい救われてきた。だから……俺はお前が好きで、セシリアを愛している」


「あぁ……あぅ……っ」


 真っ直ぐなユリスの言葉に、セシリアの脳内がキャパオーバーしてしまう。

 嬉しさやら恥ずかしさやら幸せやら……そんな幸福の延長線上にある感情が、一気にセシリア襲ってくる。


 まさか、ここまで直球的に言われるとは。

 愛していると言われただけでも幸せなのに、これ以上の幸福を味わってもいいものか?


(あぁ……女神様。私は、こんなに幸せを味わってもよろしいのでしょうか……? 女神よ、感謝します……っ!)


 自然と、セシリアは崇拝する女神に祈りを捧げていたセシリア。


 そんな心穏やかではないセシリアとは違い、一方のユリスは落ち着いていた。


(あれ……どうしてこんなにスラスラと言葉が出てくるんだ……?)


 もっと緊張すると思っていた。

 心臓が激しく高鳴り、激しい動悸が己を襲い、言葉に詰まりながら口にするものだと思っていた。

 だけど、今口にした想いは全てがスラスラと口から溢れ、心臓もゆっくりと脈を刻んでいる。


 どうして……?

 そんな疑問が、ユリスの中に浮かび上がる。


(いや……別にどうだっていいじゃないか……)


 そうだ、淀みなく紡げるのであればそれに越したことはない。

 であれば、最後までこの調子で紡いでしまおう。


 己が願っていたその言葉を、叶えんが為に────



「セシリアさえよければ……俺と、結婚してくれないか? ……俺は、お前の全てが欲しいんだ」



 その言葉は強欲に。

 セシリアという一人の存在を欲する言葉。


 一生という人生の隣に立って欲しいのだと、愛という感情をもってお願いした。


 それに対し、セシリアはどう口にするのか、ユリスは静まり返った思い出の地で耳を澄ませた。


 そして、その返答を。

 顔を真っ赤に染め上げたセシリアが紡ぐ。


「よ、よろしくお願いしましゅ……っ!」


 その返答は、ユリスにどう思わせたのか?


 心地よい風が森の草木を揺らし、小鳥が囀り始め、ユリスは笑みを浮かばせた。

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