それぞれの前夜

 あれから三週間以上の月日が過ぎた。

 そして、いよいよ武闘祭選抜戦前夜を迎えることになり、それぞれがその表情に緊張の色を見せている。


「それにしても、どうしてユリスはそんなにやる気なんだ? 今日も何処か行ってたみたいだが────特訓だろ? ……ふっ!」


「おうおうおう、それはプライバシーだから秘匿って事で。特訓に行っていたという事だけは肯定しておくよ……ふっ!」


 各々が就寝準備に入る中、ユリス達の部屋では暑苦しい二人が顔を付き合わせていた。

 互いに足を伸ばし、顔を上げ腕を真っ直ぐに立てて……そして曲げる。それを繰り返す。

 言わば────腕立てだ。


「ふっ……! 流石ユリスだ! いい感じに大胸筋が唸ってるぞ!」


「ふっ……! ふっ……! リカードに言われるなんて光栄だな! これで俺はまた一つモテへの道を開くことができた!」


 上半身裸。むさ苦しい男の息遣いが室内に響き渡り、心なしか室温が上がっているような気がする。

 そして、二人は終始笑顔────それでいて止まる気配のない腕立てをしている二人の大胸筋は……本当に唸っていた。

 こんな光景を一言で表すなら……そう、『気持ち悪い』だろう。


(些細な事でもなんでもいい……セシリアにモテる為なら俺はムキムキマッソウな男になってやる!)


 多分……いや、絶対にセシリアはそんな事をユリスに求めていないと思う。

 ユリスの色欲は徐々にあらぬ方向に向かっていた。


「話は戻すけどよぉ……ユリスは今回本気で挑むって事でいいのか? ……ふっ!」


「ふっ……! まぁ、その通りだな────何、嫌だったりする?」


「馬鹿を言うんじゃねぇよ!」


 リカードはユリスの言葉で立ち上がり、拳を突き出す。


「これはチャンスなんだぜ!? あのユリス・アンダーブルクの本気と戦える────それが嬉しくないわけがないだろ!?」


「……俺の事をなんだと思ってんの?」


 ユリスも腕立てを止め、その場に胡座をかいてリカードを見上げた。

 ユリスはどうしてここまで言われてるのだと疑問に思う。


「少なくとも俺はこの学年最強だと思ってる────だからこそ、お前に勝って俺は高みに登る! その踏み台が自ら本気を出してくれるんだぜ!? これが嬉しくないわけがないだろ!」


 戦闘狂バトルジャンキー────ではないようだ。

 ただただ、高みに登りたいが為。強さを求めるが故の喜び。


(踏み台って……)


 あまりのストレートな物言いに、ユリスの頬が引き攣る。

 だがその評価は嬉しい、その向上心も嫌いではない、その自信が羨ましい。


 だから────


「俺がお前に負けるわけねぇだろ……こんちくしょうが」


 ユリスは笑みを浮かべて、傲慢にリカードに言い放った。



 ♦♦♦



「あら、アナスタシア様はもうご就寝ですか?」


 一方、銀髪の髪をタオルで巻いたエミリアの部屋では、現在アナスタシアが就寝の準備をしていた。


「えぇ……エミリア様はまだ寝ないのかしら?」


「ふふっ、私もそう思っていたのですけれど────どうやら興奮して寝付けなさそうですので」


「そう? 明日が選抜戦なのだから、早めに寝た方がいいと思うのだけれど……寝付けないのなら仕方ないわね」


 長くサラりとした赤い髪を、魔道具で乾かすアナスタシア。

 その表情は非常に落ち着いているもので、明日が本番なのだと言う事を感じさせない。


「ですので、それまで少しお喋りをしませんか?」


「それは私のコンディションを崩そうって作戦かしら?」


「ふふっ、そんな事は考えていませんよ────やるなら正々堂々と、真正面から……でないと、王族として恥ずかしいですからね」


「王族云々は関係ないと思うのだけれど……まぁ、いいわ。私も、少しだけ話したいなって思っていたところだから」


 アナスタシアは髪を乾かす魔道具をベッド脇に置き、寝巻きの袖を捲って自分のベッドに腰を下ろす。

 それに合わせて、タオルを解いたエミリアが長い銀髪を纏めて対面のベッドへ同じく腰を下ろした。


「アナスタシア様は明日の自信は如何程なのでしょうか?」


「悪くないわよ。前よりも強くなった気も実感もしているわ……それで、エミリア様の方はどうなの?」


「そうですね……正直、私は明日────勝てる気しかしませんよ」


 薄く笑い、自信に満ち溢れた表情をするエミリア。

 アナスタシアはそれを見て、自分も同じように薄く笑った。


「成績では負けてるわ────けど、前の私と思わない方がいいわよ?」


「えぇ……楽しみにしております、アナスタシア様」


 乙女の部屋とは思えない程、この場には盛り上がりも可愛らしさもない。

 ここにあるのは、どうしようもなく勝気な────二人の少女の声のみ。

 憎み合っている訳ではない。ただ、目の前の相手を友達として────好敵手として見るからこそ、互いに自信を見せているのだ。


「────ま、その前にユリスをどうするかなんだけどね」


「……それはやってみてから、でしょうね。一応、対策は考えているのですが────」


 乙女の前夜は、まだまだ続きそうだ。



 ♦♦♦



「……第8部隊、あの憎き人間共に向けて────進軍せよ」


 もう一方では、新たな火種を生み出していた。

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