追想〜ミュゼ・アルバート〜

 あるところに、一人の少女がいた。

 少女と言うには些かおかしなところはあるかもしれないが、外見的には少女と言っても差し支えないだろう。


 薄桃色の髪に小柄な体型、可愛らしい顔立ちに二本の鋭い牙。

 エルフほどではないが、尖った耳が人間ではない事を証左している。


 そんな少女は旅に出ていた。

 英雄だなどともてはやされていたが、少女にとっては栄誉や地位や財産などどうでもいい事で、長く身を寄せていた王国から何年、何十年も離れ各国を旅してきた。


 そして、辿り着くは元いた国。

 結局、少女の求めるものは見つからなかったのだ────


「あれもダメこれもダメときたか……いっその事、勇者にでも会って殺してもらうかの?」


 外見とは程遠いような老いた口調で、少女は呟く。

 その表情には諦めの感情が見え、その態度は最早投げやりになっている。


「もう三百年か……時間が経つのは本当に────遅すぎて困るわい」


 少女がこの世に声を上げてから三百年の月日が経つ。

 長寿なエルフの最高年齢は356歳。あと少しでその記録を更新しようとしている少女。エルフではないので、その更新が有効であるかどうかはさておき。


「全く、母上にも困ったものよのぉ……妾をこんな身体にしようてからに……」


 少女は薄く笑い、突然虚空に無数の槍を生み出した。

 そして、その槍を己の心臓目掛けて────突き刺す。


「ゴハッ……!」


 少女は薄い胸と口から大量の血を流した。


 どんな種族のどんな生き物でも、活動の中心を担う心臓を突き刺されてしまえば命はない。

 世の聖女と呼ばれる女神の使徒が、何とか治癒できるかと言ったところだ。


 だがしかし────この少女は違う。


「なんじゃ……もう塞がるのか、この阿呆め……」


 槍を抜くと、少女の身体に空いた穴がみるみるうちに塞がっていく。

 まるで何事もなかったかのように、衣服に穴を空けたまま心臓が戻っていった。


 目的も行き先も決めずに辿り着いたのはラピズリー王国の辺境の森。

 そこで少女はひっそりと涙を流した────



 ♦♦♦



 ミュゼ・アルバートは吸血鬼ヴァンパイアである。

 魔族の中でも上位に位置するその種族は、闇夜に生き、他者の血を吸う事で永遠の命と若さを保つ。

 多くの血を吸えば吸うほど、寿命を伸ばし、吸血鬼ヴァンパイア特有の魔法を強化する。


 人間にとっては厄介な相手。

 闇夜に限って言えば、吸血鬼ヴァンパイアは不死身であり、特有の魔法は多種多様────多彩な戦術を物にし、己の血を吸われ命を散らされてしまう。


 そんな吸血鬼ヴァンパイアだが、絶対の不死身というわけではない。


 闇夜に生きる者は日に弱く、日に当たれば体内の血は沸騰しやがて灰になって消えていく。また、聖職者が扱う女神の寵愛を受けた魔力をも苦手とし、定期的に血を摂取しなければ弱体化する。

 故に、一度日の出る所まで連れ出し、血を与えなければ吸血鬼ヴァンパイアなどそこらの下級魔族と変わらない程まで弱体化してしまうのだ。


 しかし、ミュゼ・アルバートは違う。

 ミュゼには死と弱点という概念は存在しない。


 それはミュゼが半端者────半人ハーフだからだ。

 吸血鬼ヴァンパイア特有の『不死』という能力と特有の魔法を父から授かり、吸血鬼ヴァンパイアの弱点を授からなかった少女。

 血を吸う必要もなく、こうして日中を練り歩く事もできる。



 だからこそ、このミュゼ・アルバートという少女は────不老不死。

 魔族を裏切り、その身を人間の住まう国に寄せ、長い年月を生きてきた。


 古今東西。

 不老不死が求めるものは────己の死である。


 木漏れ日が肌を照らし、何もない場所をただただ歩くこの瞬間も、ミュゼは死を求めている。


 肉を裂いても、全身を焼いても、首を跳ねても、海に沈めようとも。

 ……ミュゼは死ねなかった。


 故に歩く。

 その表情は諦めきっているものの、それでも僅かの希望を信じ────


「ちくしょう……っ! みんなして馬鹿にしやがって!」


「……ん?」


 そんな時、不意に近くからそんな声が聞こえた。

 その声音を聞く限りまだ幼い────多分、少年の声だろう。


 ミュゼは何気なしに、その声の元へと向かう。

 草を掻き分け、やがて声の元に辿り着くと……そこにいたのは案の定幼い男の子供だった。


「俺だって好きで魔力がないわけじゃねぇんだよ……それなのに……くそっ!」


 涙を流し、何度も何度も地面に拳を叩きつける。

 その瞳には悔しさと……強い渇望が映し出されていた。


「……こんなところで何しとるんじゃお前さん?」


「ッ!?」


 ミュゼは少年に声をかける。少年はすぐさまミュゼの方を向き、驚きの形相を作った。


「そんな驚かんでもええじゃろ? 別に襲おうってわけじゃ────」


「お前も俺を馬鹿にするのかッ!?」


「……うん?」


 いきなりの話の飛躍。

 今のミュゼの発言の何処が馬鹿にしていたというのか?

 それが不思議で堪らないミュゼであった。


 それでも、少年の怒りは収まらない。


「魔力がないってだけで! 魔法が使えないからって! ……そんなに偉いか!? 魔法が使える事がそんなに偉いのか!? 俺だって、誰かを守れるような……馬鹿にされないような力が欲しかったっ! 俺だって────」


 そして



「好きでこんな身体に生まれたわけじゃないんだよぉっ!!!」



「……」


 悲痛な少年の叫び。

 それが、ミュゼに何を思わせたのか?


(好きでこんな身体に生まれたわけじゃない……か)


 痛いほど分かる。


 その気持ちが

 その悲しさが

 その言葉の意味が


 痛いほど────分かる。


 だからこそ、ミュゼは前に出た。

 涙を流し、唇を噛み締めた少年の元へと近づく。


「なぁ、お前さん?」


 少年の顔を上げさせ、その潤んだ瞳を見つめる。


「力が欲しいんじゃろ? 誰にも負けないような力が、誰にも馬鹿にされないような力が────」


「……うん」


「ならば、妾がお前さんの願いを叶えてやろう。妾の────弟子にしてやる」


 その言葉は気まぐれか? はたまた少年の言葉に共感したからか?


 それはミュゼにしか分からない。

 だけど────



 やがて、この少年が己の願いを叶える存在になるとは、この時のミュゼは思いもよらなかった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


※作者からのお知らせ


ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。

この度『大罪の魔術を極めた辺境領主の息子、何故か帰ってくれない聖女と共に王立魔法学園に入学する』が、【書籍化】決定いたしました。


これも皆様のおかげです。

これからも投稿頑張りますので、何卒よろしくお願いいたしますm(__)m

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