弟子からのプレゼント

 武闘祭選抜戦まで一ヶ月の時間がある。

 ラピズリー王立魔法学園では、それに向けて様々な生徒が特訓に明け暮れ、講義も座学ではなく実技講義中心に変わっていった。


 一重に、皆武闘祭に参加したいから。

 加えて、学園側も我が校の生徒が優秀だとアピールしたいが為に、力を入れ始めた。


 そんな中、魔法士でも剣士でもない大罪の魔術師————ユリス・アンダーブルクも、己の目標の為に己の力を伸ばすべく密かに特訓していた。


「ほれほれ! もうヘバっとるのか我が弟子!」


「……くっ! 怠惰アケディア!」


 王都から離れた人影や魔物の気配すらない森の中。

 そこでは、激しい攻防が行われていた。


「まだまだ行くぞい————血槍ブラッド・ランス


「ちょ!? 師匠、それはやりすぎ……っ!」


 一人は双眸を赤く染めたミュゼ。

 上空に赤黒い槍を出現させ、一斉に騒ぎ立てる少年に発射していく。

 その数————約二千本。槍の威力は凄まじく、一本発射される度に周囲の木々を薙ぎ倒していく。


 そして、もう一人はユリス。

 己の怠惰アケディアの魔術を行使して、その槍を全て弾いていく————だが、その表情には焦りが浮かんでいた。


「お前さんの魔術は精神力がモノを言うものじゃ————故に、精神力を削ていけば、如何に強固なその怠惰アケディアもやがては防ぎきれんじゃろ?」


「よく分かってらっしゃる我が師……っ!」


 ユリスは苦悶の表情でその止まぬ槍を弾いていく。

 だが、ミュゼの言う通りユリスの魔術は体内の魔力を使わない変わりに大気中の魔力を行使する。

 その為に必要なのは魔力を魔術に変換させる為の精神力。


 単体にして強大な大罪の魔術。

 その弱点は、ユリスの精神力が続く限りでしか使用できないと言うもの。


 この槍を受け止める前から多くの魔術を行使していたユリス。

 故に、先に限界がきたのは————


傲慢スペルディア……ッ!」


 ユリスだった。

 槍の雨の中、ユリスは耐え切れずそのまま傲慢スペルディアで離れた木の枝の座標を移動させ、ミュゼの攻撃から避けた。


「他の場所にも移動できたはずじゃのに、そうやって高い所に移動するのは相手を見下したい傲慢故かの?」


「あ……当たり前だ……馬鹿野郎……っ!」


 ミュゼはユリスを見上げ、ユリスは息を荒上げながら見下す。

 降り注ぐ槍は姿を消し、先ほどまでの衝撃音が嘘のように消えていた。その変わり、ユリスがいた場所と周辺は木々が薙ぎ倒され、地面がへこみ、抉られている悲惨なものであった。


「ほれ、そろそろ休憩にしようかの。妾も少し疲れたわい」


「あれだけして少しっすか……そうっすか」


 そんな事を言いながらも一切疲れた様子もないミュゼにがっくりと肩を下ろすユリス。

 ユリスはミュゼの元に寄る為に、傲慢スペルディアを使わず自分の足で地面に降り立った。


「まだまだ妾には届かんのぉ……妾の弟子としての自覚が足りんのじゃ」


「うっせ、相手に奮闘できる俺を褒めて欲しいくらいだ」


「その程度で満足かの? 所詮妾は引退してこうして学び舎の長の席に座っとる老いぼれなんじゃがのぉ……」


「おい、不老不死が何言ってんだ。老化とか自分の姿を鏡で見て言いやがれ」


 王国の英雄。

 百年前、魔族の大侵攻によって国が瀕していた時に、魔族を退けた者達————その者達は英雄と呼ばれ、国や国民から称えられていた。


 その内の一人、魔族の血をひいていながらも国の危機を救った者————それがミュゼ・アルバートである。


 その力は上位魔族である吸血鬼ヴァンパイア遜色のないほどの魔術を扱い、何より吸血鬼ヴァンパイアの苦手とする日光を弱点としない不死は何度も戦場で立ち上がり、敵を葬ってきた。


 現在、英雄と呼ばれる者は賢者とミュゼ。

 そして、未だにその力が健在なのは年取らず存命なミュゼのみ。


 故に、今では王国の中でも最強の実力を誇る。

 それは下手すればS級冒険者や王国騎士団長すら凌いでしまうだろう。


「なんじゃ、せっかく特訓がしたいから付きおぉてやっておると言うのに……文句の多い奴じゃな」


「さーせん、お付き合いしていただき誠にありがとうございますお師匠様」


「かっかっか! よいよい、冗談じゃよ! 妾とお前さんとの仲じゃろ……これぐらいお安い御用じゃ」


 愉快そうに笑うミュゼ。その瞳はいつもの黒色に変わり、嫌なものが感じられなかった。


「まぁ、まさかここまでハードになるとは思わなかったよ……昔を思い出すわぁ」


「なんじゃ、昔はここまでしておらんじゃろ?」


「ここまでしてないけど、こんな感じに追い詰められた気がするんだわ……」


 ユリスは地面に寝転がり、ふと昔を思い出す。

 魔術がまだ使えないあの頃————今みたいにミュゼの魔法を受けてはいなかったが、感じる痛みはあの頃と同じ物だった。

 それが無性に懐かしく思えて……ユリスの口元が自然と綻んだ。


「そう言えば師匠」


「なんじゃ?」


「これ、プレゼントってことで受け取ってくれ」


 ユリスはゆっくりと起き上がり、胸元から小さなブレスレットを取り出した。

 珍しい植物でできたブレスレット————それはユリスがあの出店で購入した物である。


「……これは?」


「いや、今回特訓に付き合ってもらったお礼————それに、俺って師匠になにもあげた事なかったろ? 今まであんなにお世話になってるし、こうして久しぶりにここで出会えたんだから……まぁ、いらねぇなら受け取らなくてもいいぞ?」


 ユリスはそのブレスレットを引っ込めようとする。

 だが————


「おいこらお前さん、引っ込めるでないわ」


 すぐさまミュゼはユリスからそのブレスレットを奪い取った。

 ユリスはその反応に怪訝そうな顔をしたが、すぐさま納得をする。


「そうか……お前さんからのプレゼントか……ふふっ」


 ミュゼが嬉しそうに、今までの年老いた口調ではなく、外見そのままの可愛らしい少女のように————笑っているのだ。


(まぁ、喜んでいるならいっか……)


 ユリスは空を仰ぐ。

 ミュゼは————


(ふふっ……今までいろんな奴から贈り物を貰ってきたが……弟子からのプレゼントがここまで嬉しく感じるとはのぉ……)


 本当に、本当に大事そうにそのブレスレットを抱え込んだ。

 弟子から初めてのプレゼント————三百年生きた中で、一番の幸福感。それがミュゼの中を支配していた。


(新しい魔術を考えて見てもらいたかったが……まぁ、また今度にするか)


 一方でユリスは、嬉しそうにブレスレットを眺めるミュゼを見てそう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る