物語は動き出す────
「————っていう感じで、セシリアに言われちゃいました」
「あなた……私がいない間にどんな進展の仕方してるのよ……」
現在、ユリスは始めにロイドと話していた客間のソファーに座っていた。
今度はロイドではなくアナスタシア。メイドが淹れてくれた紅茶を啜りながら、少しばかりの苦笑を漏らした。
ロイドに呼び出されこうして客間に連れてこられたのだが、要件は「少しばかり、娘と話してくれ」との事。
特段意味も理解できなかったユリスだったが、自分達が聖女であるセシリアと話したい事でもあったのだろうと、自分の中で納得させた。
まぁ、セシリアまともな会話ができるかは置いておいて。これも貴族として真っ当な理由なのかもしれない。
————という訳で、アナスタシアと雑談をしているユリス。
二人しかこの部屋にはいない。そこで繰り広げられる話の内容は、先ほどの出来事である。
「さっきは冷静に逃すかって感じだったんですよアナ様? ですがね? しばらくして落ち着いたら喜びが湧き上がって仕方がないと言いますか、色欲と強欲が抑えきれないと言いますか!」
「ついに隠す気にもならなくなったのねあなたは」
「まぁ、そんなんどうせアナなら気づいてるんだろ? それに、俺は極力はアナには隠し事する気がねぇよ」
「その割には事が進んでからの報告だったと思うけど?」
「……男にも、羞恥と照れというものがあってですね」
矛盾してるじゃないと、アナスタシアは小さく嘆息する。
「それで、結局どうするのよ? 英雄様にも言い寄られ、あなたの想い人からも好かれていると分かった————取るべき選択はいかがかしら?」
想いの通りにセシリアを娶るか、はたまたミュゼも娶るか。
アナスタシアはユリスの顔を少しだけ真面目に見つめながら問うた。
その眼差しにコメディの欠片もない事を確認したユリスは、紅茶を啜って一拍置いた。
「セシリアと結婚したいのは変わらねぇ。時間見つけて、そこら辺は二人ではっきりさせるつもりだ……ただ、師匠に関しては恥ずかしいが纏まりきれてない。そもそもそう言った面で好きなのかも分からないし、セシリアに一夫多妻制を認めてもらえるっていう問題も浮上してくる」
悩みの種は進んでいようが変わらない。
結果としてはユリスの目標は達成したのだが、それでも新たな問題がユリスの前に立ちはだかってしまう。
「強欲に忠実ではないユリスは、真面目な返しとふざけた返し……どちらがいいかしら?」
「そりゃあ、重い空気を払拭するような痛快な返しを————っていうところだが、ここは真面目な方を頼む」
アナスタシアは両手を上げるユリスを見てくすりと笑う。
そしてカップを置くと、足を組みなおしていつになく真剣な顔でユリスではなく目の前のテーブルに視線を落とした。
「よくも悪くも、セシリアは純粋な子よ」
「それは分かってる」
「貴族云々から離れて、本当に優しくていい子……そんな女の子が妾や第二夫人なんて言葉を許容してもらえるとは私は思わない。私含め、貴族でそういった風習や制度に身を置いてきたティナ様や英雄様なら理解はできる。もちろん、ミラベルみたいに文化的に問題ない場所にいた人間も含めるわ」
「……」
「少なくとも、ユリスが英雄様も好きだと言い、セシリアにも同じ好きを言うのであれば……傷つく覚悟をしなさい。それはユリスやセシリアの二人が傷つくって話よ。全てを望む者には、誰もが認めて納得する幸なん訪れないのだから」
そして、最後にアナスタシアはできるだけ優しく……ユリスに向かって笑った。
「貴族としてのアドバイスをするなら二人共娶ればいいと思うわ」
「……幼馴染としては?」
「一人を選んで愛して欲しいわ。誰かを傷つける選択だとしても、確実に一人は幸せにできるもの……」
ユリスはその言葉を重く受け取る。
優しく笑っていたアナスタシアの表情がどことなく陰り、自嘲しているようにも見えた。
それ以前に、此度の話に冗談などという水は差さないつもりだからだ。
「貴重なご意見、さんきゅーな」
「今回のお礼ってことにしておいて。それと、私とあなたの関係はこの程度じゃ助け合ったうちに入らないわ」
「……ま、そうだよな」
ユリスは小さく笑みを残し、最後に残った紅茶を一気に飲み干す。
貴族らしからぬ行動ではあったが、アナスタシアや誰もそれを咎める事はしなかった。
「……ユリス」
「……なんだよ」
「あなたは、これで帰りなさい」
静寂しきった部屋に、アナスタシアの声が響く。
その言葉に、ユリスは眉を顰めた。
「襲ってきた連中はどうすんだよ? まさか、観念するだろうから放置しましょ、なんて短絡的な考えじゃないだろうな?」
「そこはお父様が警護を固めてくれるそうよ。私も、滞在中はこの屋敷から離れるつもりはないし、襲われることもないでしょう。ユリスは実家に帰って今後の身の置き方を話し合って来ればいいわ」
「そうはいうが————」
「私がお願いしたのは道中の護衛まで。それ以上は求めないし、お節介というものよ。それに、リチャード様とのお茶会もあるわ————正式に、婚約者候補に決まったのよ。それも、私がちゃんと見て判断した結果……ね」
突き放すような物言いに、ユリスは思わず声を荒上げそうになる。
だが、それも寸前で喉で止まった。
それは————
「お願い……これ以上、ユリスに頼りたくないよの……」
アナスタシアが、悲痛な顔で笑っていたからだ。
どうしてそのような表情になったのかは分からない。
だけど、どうしてかそれ以上は口にしてはいけないと……アナスタシアと長く付き合っていたユリスは感じてしまった。
だからこそ、ユリスは釈然とはしていないが苦虫を嚙み潰したような顔をして立ち上がった。
「なんかあったら、絶対にこれを砕け。絶対に駆けつける……それが、ここで俺が退く条件だ」
そして、ユリスはアナスタシアに向かって小さな水晶を放り投げた。
「えぇ……それだけは守るわ」
「……セシリアに伝えてくる」
「えぇ……また、あなたが帰ってくるのを待っているわ」
そして、ユリスは何か言いたげな表情を残して部屋から出ていく。
そんなユリスの背中を見送ったアナスタシアは何を思ったのか?
それは頬を伝う一筋の涙が物語っているのかもしれない。
「……これでいいかしら?」
静まり返った中、アナスタシアは誰もいない場所に一人言葉を投げかける。
「えぇ、ありがとうございますアナスタシア様」
だが、それに呼応した言葉が新たに加わる。
ふと視線をズラすと、窓際には白髪の少年が外の景色を眺めながら二人の少女と共に薄っすらと嗤っていた。
「まさか気付かれるとは思っていませんでした。もちろん、色々な意味でですが」
「当たり前よ。挨拶しか交わしたことのないお父様と違って私はリチャード様とちゃんと言葉を交わした事があるのよ」
「おっと、それは私————いや、僕も想定外でした」
少年は軽く指を鳴らす。
すると、整った顔立ちはまた別の凛々しい顔つきに変わり、白髪も綺麗な金髪へと変わっていった。
「やはり、彼の魔術みたいに綺麗にはできませんでしたか。僕の掌握もまだまだ浅いという事ですかね?」
「声が違うのだから当たり前だわ。舐めないで頂戴————生徒会長様」
「それは手厳しい。是非とも今後の課題として覚えておきましょう」
「ちなみに、本当のリチャード様は何処にいるのかしら?」
「冥土……そう答えておきますよ」
からからと笑う少年にアナスタシアは敵意をむき出しにした視線を送る。
それを受けてもなお、少年は笑うのをやめない。
「でもでもっ! やっぱり赤いのは愛がちゃんとあったんだね! お兄ちゃん達の為にこうして私達のお願いを聞いてくれるんだもん! これって愛だよね! 愛に決まってるんだよ!」
「えぇ、間違いなく愛ね。愛に決まってるのよ」
そして、フードを外した茶髪の少女が嬉しそうにアナスタシアに嬉々とした表情を見せる。
その姿は見覚えがあるもので————
「早く要件を言いなさい。私だって、いつまでも無抵抗でいられる訳ないでしょ?」
「えぇ……あのユリスくんや聖女様には手だしする気はありませんよ。だからご安心を————元より、私達はあなたにしか要件がございません」
そして、金髪の少年は警戒心を向けるアナスタシアに近づき、己の手を差し出した。
「どうかご同行を。君に渦巻く愛を、抱える愛をきっと彼女は叶えてくれます————是非に、厄愛の名の元に……赤髪のあなたを花嫁に迎えたい」
本来であれば、きっと自分はこの手を掴んではいけないのだ。
分かってる。そんな事、誰に言われなくても明白である。
だけど————
(もしかしたらユリスが……)
そう、長年の仲であり、幼馴染の少年の事を思うと、自然に手に取ってしまう。
これが、アナスタシアがアナスタシアである最後の日になってしまうのかもしれない。
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