近づく二人

 アナスタシアの部屋に静寂が訪れる。

 しかし、この場にいるのはセシリアとユリスのみ。互いが互いに思考が停止し、頬が蒸気しているセシリアや口を開けて呆けているユリスは傍から見れば痛快な姿なのかもしれない。


 そんな静寂の中、先に我へと返ったのは————


「……は、はれ? わ、私……今、なんと……」


 セシリアであった。

 顔を覆い、先ほどの自分の言葉を反芻させる。


『わ、私はっ! ユリスと結婚したいって、思ってましゅ!!!』


(あわ……あわわわわわわわわわわわわわわっ!!!)


 なんて事を言っているのだ己は。

 結婚したいと答えるだけのはずが、『誰と』というワードを加えてしまった事により、愉快な告白へと変貌してしまったではないか。


 行き過ぎた勇気は蛮勇と呼ばれるが、果たして今回のセシリアは蛮勇と言えるのだろうか?

 否————ただの抜けた天然少女である。


「わたっ、私ぃっ!?」


 それが再びセシリアをパニックへと貶める。

 覚悟も場所も時も想定していなかったが故、セシリアは顔をこれでもかと真っ赤にさせてオロオロとしてしまう。


 そして、やがて『誰か』というワードを頂いた少年も、やがて現実へと戻っていく。


「あ、あぁああああああああああああああああああ!?」


 ユリスも、セシリアに負けじと戻った瞬間にパニックに陥ってしまう。

 それもそのはず。ユリスが想いを寄せていた少女からの堂々とした告白。想定も予想も確信も確証もしていなかったユリスにとっては正しく想定外の出来事————いやしかし、決して悪い方面ではないのは確かだ。


(お、落ち着けユリス・アンダーブルクイケメンジェントルマン!)


 ユリスは名前の後ろについた事実とは無縁の言葉を繋げて冷静さを呼び戻す。


 ユリスは想いに気付いてからこれまで、セシリアと結ばれる為に努力してきた。

 まずは聖女の横に立ってもおかしくはないだろう立場を万全のものにさせる事————これは、此度の褒章でなんとかなるかもしれない。


 だが、一番の障害————それは、セシリアが自分に想いを寄せてくれる事だ。

 ユリスは好いてくれない相手とは結婚したいとは思わず、相手の意思を尊重した上で結婚したいと考えていた。

 そして、その矜持を曲げずにセシリアと付き合うにはセシリア自身が己を好いてもらう必要がある。


 しかし、それが難しい。

 例え、傍から見れば丸わかりであってもユリスは過度な鈍感。故に、未だに好かれておらず苦難するものと思っていた。


 それがどうだ?

 そんなユリスの思いとは裏腹に……蓋を開けてみれば————


(セシリアは、俺の事が好き……だったのか?)


 その事に顔が一気に熱くなるのを感じてしまう。

 ミュゼに言われた時も嬉しかった。だが、今回は比べ物にならないほど————昂ってしまうものだ。


「あ、いいいいいいいいいいいいいいいえっ! こ、これはぁ……っ!」


 視線をセシリアに向けると、セシリアは動揺をまるで隠そうともせずに言葉にならない声を上げていた。

 その顔は凄く真っ赤に染まっており、愛くるしい双眸は渦を巻いている。


 いつもであれば、落ち着けと頭を撫でていただろう。

 だが、今のユリスは違う。


 セシリアは聖女という立場とは関係なく誠実だ。

 嘘という言葉を嫌い、己の口から出る言葉には己の意思を込めている。


 故に、今の言葉は嘘ではないと分かっている。

 だが、ユリスはもう一度その言葉が聞きたくて————


「……セシリア」


「~~~~ッ!?」


 ユリスは俯き動揺するセシリアの顔に手を添えて、その赤くなった愛くるしい顔を覗く。


「あ、あのですね……今の言葉は……その……そのぉ……っ!」


 無理矢理に顔を合わせられたセシリアはしどろもどろにも先の言葉の言い訳を探す。

 嘘ではなく本心。だが、ドラマチックの欠片もない告白に、ただただパニックに陥ってしまい、逃げる場所を探している。


 しかし、ユリスの目が逃さないと物語っていた。

 いつもは色欲にうつつを抜かし、へらへらとしている少年も、今回ばかりは傲慢に、強欲に、怠惰という言葉をかなぐり捨ててセシリアの瞳を見据えた。


 何故なら、ここは退いてはいけない場面だとユリスの頭が言っているからだ。

 退


「セシリア、今の言葉は————」


『ユリスくん、少しいいかな?』


 ユリスが言葉を紡ぐ途中、数回のノックと共にロイドの声が聞こえた。

 きっと、来客への話にカタがついたのだろう。そして、それからは自分に何か用があるのだと。


 それにセシリアも気付き、少しばかりの安堵の表情を見せつつ入り口へと視線を動かした。

 頭が回っていない現状で、これ以上ユリスの顔を見てしまうとどうしようもなくなってしまう。

 話題が切り上げてしまう事が、セシリアにとってはありがたかった。


 だが————


「……むっ!?」


 その安堵はすぐさま消え去る。

 具体的には、からである。


 その事実に気付くのは、唇に温かな感触が離れてから。

 セシリアの眼前には結婚したいと思う愛しい少年の顔がこれでもかと近づいていた。


 そして、ユリスは立ち上がると入り口に向かって歩き出す。


「俺は強欲で傲慢で嫉妬深い————だから、絶対に逃がさねぇからなセシリア」


 そんな言葉を残し、ユリスはアナスタシアの部屋から姿を消す。

 残るのは呆けるセシリアただ一人。


「~~~~ッ!?」


 先程よりも顔に熱が溜まってしまうのを感じる。

 それは想い人に口を塞がれた、その行為の意味、逃がさないと言う言葉、などといった理由が多分に含まれているからだろう。


「あうっ……」


 今度こそ、セシリアの思考は完全に停止してしまう。

 だが、胸に残ったのはどうしようかという少しばかりの不安と、大半を占める幸福であった。

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