誰の味方で誰かの敵に

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皆様のおかげです、ありがとうございましたm(_ _)m

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 場所を変え、ユリス達は学園内へと場所を移した。

 誰も使われていないような教室。教室の外は当然、他の生徒達の困惑によって染められていた。

 講師の声も聞こえることから、生徒達の動揺を抑えようとしているのだと窺える。


 ユリス達は部屋に移動したのち、ぽつりと声を漏らした。


「……今回の騒動は、アナが起こしたものだ」


 ユリスの言葉に、皆の目が開かれる。

 まさか、この現状を起こした犯人が自分達の探していた人間で、まさか友達だとは思っていなかったからだ。


「あの黒いやつ、アナスタシアが起こしたものだっていうのか!?」


「正確に言えば、あれは師匠が張ったものだ。俺の記憶が正しければ、あの黒いのは何かを阻害しているのではなく、単純に『視界を悪くさせた』だけの魔法。吸血鬼は闇夜に溶け込んで敵を奇襲することを得意としている……だから、その場に持ち込むために作られた魔法だ」


 ミュゼの教えを受けていたユリスだからこそ、あの魔法に関して理解がある。

 実際には『視界を塞ぐ』だけの魔法であり、壁や膜を作っているわけでなく一歩外に出ようと思えば簡単に出ることができるのだ。

 だが、この学園は門を潜らない限りすべて外壁に覆われている。

 故に、門を潜らなければ実際には外には出られないのだ。


「しかし、どうしてアナスタシア様と英雄様はそのようなことを……? それに、ユリス様はどうして戦っていらっしゃったのですか?」


 話の本題。この現状を引き起こした理由。

 それに、アナスタシアが犯人だとすれば、どうしてユリスが戦っていたのか?

 この場にいる三人が、一番疑問に思っていることだろう。


「…………」


 ユリスは口を噤む。

 これ以上の先を口にしていいものかと、己の中で悩み俯いてしまう。


「……ユリスくん、聞いちゃダメ? 一体、何があったの? ただの喧嘩……ってわけじゃないよね?」


 ミラベルが恐る恐るといった様子で尋ねる。

 その瞳には不安と戸惑い。それも当然だろう。何せ、友人だと思っていた者達が戦っていると聞いたのだ。

 時に助け、笑いあった。そんな関係だった者達が、自分達のいない間に何かあったのであれば、不安に思わないわけがないだろう。


 そんな瞳を受け、ユリスは小さく息を吐く。

 そして、教室の壁に背をもたれかかりながらゆっくりと口を開いた。


「俺の魔術ってさ……やっぱり、結構害があるみたいなんだよ。それこそ、このまま使ってたらいつか死ぬらしいって」


「「「ッ!?」」」


 死ぬ。その言葉を聞いて、三人は同じように目を見開き息を飲んだ。

 だけど、そんな三人を気にせずユリスは言葉を続ける。


「それを治す方法として、俺はこの学園に来ている聖人に『魔術を消してもらう』必要があるらしい。それで――――アナと師匠……そんで、この前会った聖女の一人と聖人……セシリアが、俺の力を失くさせようと動いたんだ」


 その結果がこの様だと、ユリスは自嘲気味に笑う。

 だけど、その瞳には憎悪や憤怒といった感情はなく……別に向けられた苛立ちが感じられた。


「セシリアちゃんも、か……」


「まぁな。何せ、聖人は教会に属する人間。そのうえ聖人であり聖女という立場もあればセシリアが一番近しい存在だ。この学園に呼べた時点で、セシリアは確実に俺と対立してるよ」


「そう、なんだ……」


 誰がどう見てもユリスに一番近しく、愛情を向けていた人物。

 その相手がユリスをここまでしたのかと、三人はにわかに信じられなかった。

 ユリスはそっと目を伏せる。


「あいつらの気持ちも理解できないわけじゃないんだよ……。俺だって、あいつらの誰かが力を振るう度に傷ついていくって言うんなら迷わず止めるさ、間違いなくな。でも……そう思う以上に、あいつらの誰かやお前らが傷ついていて助けを求めている時――――手を差し伸べられないのは辛いんだ」


 徐々に、ユリスの顔に悲痛が浮かび上がる。


「力を失えば、俺はあの時の俺に戻る。無力で、非力で、誰かに守られて生きていかなくちゃいけない生活が待っている……それだけは嫌だ。傲慢と、強欲と罵られても構わない……俺は、俺の知るところで知るやつらが傷ついていくのは、嫌なんだよ……」


 ユリスは膝と黒く染まった腕を抱える。

 その姿は、小さくとても弱弱しそうに見えてしまう。きっと、ユリスを見ている三人の顔が悲しそうに見えているのが、何よりの証拠だろう。


 三人は思った。こんな弱弱しいユリスを見たのは初めてだ、と。

 普段は飄々とし、どこか抜けていて阿呆らしく欲望丸出しにしていて……誰よりも他者を守りたいと、傷つくことを許さないと願う――――強い人間。それが、三人の印象だ。


「あぁ……くそっ。俺は、別に構わねぇってのに……あいつらとは戦いたくねぇ、やっぱり、戦いたくねぇんだよ……失いたくも、ない……」


 だからこそ、こんなに弱くなってしまったユリスは初めてだ。

 魔族や爵位が上の貴族と相対した時だって常に堂々と、傲慢な態度を崩さず立ち向かっていたのに、大切な人間と戦ってしまう……守る手段を失ってしまうという恐怖に、明らかに怯えているように見える。


(ユリスくん……)


 そんなユリスを見て、ミラベルは涙を流しそうになってしまった。

 ミラベルは、この状況を痛いほど理解できていた。ユリスという存在はミラベルにとって大きく、大切な存在となっている。

 助けられた側の人間として、アナスタシアやミュゼ、セシリアの気持ちは痛いほど理解できるし、ユリスに至ってもそうだ。


 誰かを守りたいと、ミラベルは思わなかった日はない。助けられる手段があるというのなら手放したくないし、失いたくもない。

 だけど、親しい人間に拳を振るうこともできない、相手の気持ちを理解できているから己の感情と相手の自分を想いやっている感情の板挟みを受け……追い込まれる。


 あぁ、可哀そうだ。そう、ミラベルは思ってしまう。

 このまま傍観するのであれば、自分は間違いなくアナスタシア側についてユリスの身を助けるだろう。

 きっと、その方が正解で、誰もが明るい未来を歩いていけるのだから。


 だけど、と。

 今のユリスは—―――誰が守るのだ?

 強さではない。ユリスが強いのは、自分もよく理解している。


 武力ではない……ユリスの心を、誰かが守らないといけない。

 誰かが、味方になってあげなければならないのだ。


 ユリスを助けたい。その思いは変わらない。

 賽子を振るとすれば……出目は『ユリスの味方』になるか、『アナスタシア達の味方』になるか。


 賽子は、自分の気持ちによって大きく出目が変わる。

 故に――――


「大丈夫だよ、ユリスくん……」


 ミラベルは、膝を抱えるユリスの頭を優しく抱きかかえた。


「私は—―――ユリスくんの味方になるから」


 賽の出目は出た。

 結果は、ユリスの味方になること。


 何故なら、ミラベルはユリスの……支えになってあげたいと、心の底から思ってしまったからだ。

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