湧き上がる疑問

「くふっ……くははははははははははははっ!!!」


 豪華な装飾品が赤に染った部屋で、同じく赤色の髪をした少女が豪快に、隠そうともせず笑いをあげる。

 額に手を当て、頬を若干染めて笑うその姿は純白のドレスとはまるで噛み合っていなかった。


「素晴らしい! あぁ……っ! これほど────これほどまでに少年はの事が大切だというのか!!!」


 その声に反応する声はない。

 だけど、それでも素晴らしいと気分を高めて口にする。


「立ちはだかる敵を薙ぎ倒し、愛する者を守りながらここまで向かおうとするその強欲────あぁ、正しく! 強大な目的、理念、信念に想いがなければ成し遂げれない!!!」


 瞼を伏せ、脳裏に浮かんだ光景を見て高揚する。

 その光景は六万人の亡者から逃げ切り、立ちはだかる敵を倒して前に進む少年と……それをサポートした偽者。加えて、守られながらも少年の身と友達を案じた少女の姿。


 倒された者に対する怒りや憤りや憎しみはない。

 むしろ、倒されて結構────などとも思っている。


 いくら自分を呼び出してもらっていようが、合わない相手に同情するほど少女は優しくない。

 だけど────


「いくら少年の力が凄まじいとはいえ、痛いだろうに……何度足を折られた? 何度腕が爆ぜた? 何度吹き飛ばされた? 常人の人間であれば、苦痛で耐えきれないだろう」


 ユリスの色欲の魔獣の権能は、『ありのままの姿に戻す』というものだ。

 故に、損傷部分の傷こそなかった様に復元できるが、負傷時のはどうしても感じてしまうのだ。


 足が折れた痛み、腕が爆ぜた痛み、腹部に衝撃を受けた痛み。

 普通の人間であれば、苦しみ、悲鳴を上げてのたうち回ってもおかしくはない。


 ────にも関わらず、ユリスは前を向いた。

 苦痛を感じても突き進み、怪我をも恐れず敵を倒そうと拳を握った。


 その戦闘スタイルは、師匠であるミュゼに似ている。

 やはり、スタイルが似てしまうのは師弟だからだろうか?


 だが、ミュゼは吸血鬼で不死だ。

 死への恐怖もなければ、人間とは痛覚も違うだろう。


 それでも平然と身を犠牲にして戦うユリスは……はっきり言ってだ。

 しかし、その痛みをも耐えて迎えに来てくれるというのだから────


「嬉しい訳がないね……そうだろう、アナスタシア?」


『…………』


 投げかけた声に反応はない。

 それも当然、この場には誰もいないはずなのだから。


「彼はボクに対してこれほどまでに強い愛を与えてくれなかった────痛みに耐え、突き進み、己の体が傷ついてでも会いに来てくれる…………素晴らしい愛だ!!! 深愛、熱愛、切愛、そんな言葉では表現できないような、素晴らしい愛じゃないか!!!」


 一体、どれほどの人間がユリスと同じように進めるだろうか?

 助けたいと思っていても、自分が傷つけば妥協する。逃げという選択肢を無理矢理浮かばせ、その選択は仕方ないと言い訳しながら背中を向ける。


 だが、ユリスはそうしなかった。

 それは一重に『アナスタシア』が身を投げてでも助けたいだからだ。


「あぁ……ボクも欲しいっ! 少年のその愛を! ボクが作り出した愛ではなく、自然に湧き上がる深い……深い深い深い愛を!!! これこそ、ボクが欲した『愛』に他ならない!!!」


 目を開け、整った顔を歪ませる。

 瞳は蕩け、ほんの少し口元が下がって熱が籠った息を吐くその姿は何処か艶っぽい。


 長年の目的だったのだ。

 世界に厄災を与えてまで欲した愛────それが、目の前にあると確信する。


 だからこそ、『アナスタシア』は喜んでいるのだろう。

 少年を、愛してしまったのだろう。


 しかし────


『……あれ?』


『アナスタシア』ではなく、違う存在は別の思いに耽っていた。


『私……なんで、こんな事をしているの?』


 その思いは、疑問だった。

 自ら溺れたはずの現状に、不思議に感じてしまった。


 ────『アナスタシア』は気づかない。

 その存在が、今の現状に疑問を覚えている事を。


『ユリス……』


 その存在は愛おしい少年の名前を呼ぶ。

 昔からの付き合いで、間違いなく親の次に大事に思っていた存在。


 だが、少年は違った。

 その存在を一番にしなかった。


 二番でも三番でもなく、何処の順番にいるかどうかも分からない場所に自分がいる事を、その存在は理解している。


 だからこそ、その存在は愛して欲しかった。

 大事にして欲しかった、見て欲しかった、隣にいさせて欲しかった、言葉にはできなかったが、間違いなく────愛していた。


 そんな事はない、自分は周りの人間とは違って……そう思っていたが、気づいてしまった。


『ユリスに、私は愛して欲しかった……』


 ────その存在は、ユリスを愛しているのだと。


 故に、アナスタシアは手を伸ばした。

 全てを失った現実の中から、最後の希望に縋り絶望から幸せへと浸れる為に。


 愛が欲し、忌まわしい魔女を受け入れ、愛が手に入るように遊戯をした。

 逃げればよかったはずなのに、逃げずにユリスは立ち上がってくれた、求めてくれた。


 それが、嬉しくて堪らなかった。


 ────しかし、その存在は見てしまったのだ。


『私は、ユリスを傷つけてまで……愛して欲しかったの?』


 愛しい少年が、傷ついて自分の元に駆けつけるその姿を。


 禍々しい姿になってまで、苦痛を味わってでも、その手を伸ばしに来る。

 助けに来てもらえる事は嬉しい……けど、それでいいのだろうか?


 ────本当に、己はユリスを傷つけてまで愛して欲しかったのか?


 その疑問が、その存在の大半を埋めつくした。


 そして────


「やぁ、やって来たね……愛しい少年」


「約束通り……来てやったぞ」


 扉を乱雑に開け放って、愛おしい少年が姿を現した。


「さぁ、俺の大切な存在を返してもらう……強欲なクソッタレの魔女が」


 疑問は、未だに拭えていない。

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