全てを守る事は強欲で、その代償は唐突に
「いやー……なんか少し見ないうちに色々変わり過ぎじゃね?」
起き上がるバーンの姿を見て、ユリスは頬をひきつらせる。
朝見た時はここまで腕が太かったか、髪と目の色が明らかに違うよな? などなど。
自分がいない間に何があったのか疑問に思うユリスであった。
「えぇ……この森に入ってから彼は急に変わってしまいました……」
息を荒上げ、エミリアは答える。
それを聞いてユリスは「おかしな事もあるものだ」と少しだけ納得した。
「グラァァァァッァ!!!」
バーンが唸り声を上げながら、ユリスに肉薄する。
その凄まじい勢いにユリスは少し驚くものの、それでも不遜に両手をポケットに突っ込みながらバーンを待ち受ける。
そして、バーンがユリスの眼前まで迫りくると、その拳をユリスの顔面めがけて振り下ろした。
「
ユリスの
その反動でバーンは大きく後ろに仰け反ってしまったものの、すぐさま再び拳を振り下ろす。
だが、ユリスの
いくら力が強くなっているとは言え、その拳をユリスの肌に触れさせることはない。
「ガラァァァァァァァァッ!!!」
「……お前のそれは何だろうな?」
ユリスはバーンの殴打を浴びながら言葉を紡ぐ。
「自分の許せない現状に憤怒したからか? それとも力を欲した強欲か? はたまた、周りの強さに嫉妬したからか?」
バーンの今の姿は大罪の欲に負けた成れの果てなのだろう。
自制することなく、己の欲に飲み込まれ、力に溺れてしまった。
だからこそ、こうして自我のないまま禍々しい姿で拳を振りかざしているのだろう。
それがユリスにとっては哀れで仕方なかった。
「ムゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥノォォォォォォォォォォォォォォッ!!!」
「俺の名前は無能じゃないんだけど……なッ!」
ユリスは
「アガッ……!?」
バーンは地面を転がり、やがて自分の足で起き上がる。
ユリスが攻撃しても、ダメージが効いている様子はなく、ただただ完全に自我を失った形相でユリスを見ていた。
「……殺すのは、ダメ……だもんな?」
「えぇ……できれば、殺さないであげてください」
それは優しさ故なのか、それとも色々と情報を引き出したいからなのか?
少なくとも、王女であるエミリアに手を出しておいて無事に済む訳がないーーーーもしかしたら、このままユリスに殺された方が楽なのかもしれない。
「きっと……彼は些細な行き違いが生まれてしまっただけなのです……だからーーーー」
「だから殺さないで、ってか? セシリアが言いそうな事だな」
世の中そこまで甘くはない。
いくら他者の介入があり、己の意思とは無関係だったとしても、自分の行動には責任が伴う。
それは大罪を極めたユリスとて同じ。
大罪の、欲の赴くまま行動している彼にも、責任がは色々のし掛かっている。
例えば、セシリアだけでなくエミリアまでも守りたいという強欲の責任ーーーーそれは、こうしてエミリアの前に立つことになる。
「グアガァァァァッ!!!」
バーンは止まらない。
涎を垂れ流し、爪と牙をそれぞれユリスに向かって突き立てようとする。
「……全てを助けようとするのは強欲だ。人一人の力には限界があり、差し伸べるその手も無数ではないーーーーここで何かを切り捨てなきゃ、本当に守りたい者は守れない」
「……」
だが、ユリスは寸前で
そのため、バーン手は空を切り攻撃対象であるユリスに向けて再び襲いかかった。
「それはお前も分かってるはずだ……そして、俺もそれは分かってるはずだった」
だけど、と。
ユリスはバーンを一瞥し、エミリアを自分の元に移動させると、そのまま
「俺がこうしてエミリアの元にやって来たのは、お前を助けたかったからだ。本当に助けたい者もいるはずなのに、この小さな手で多くを守ろうとしたーーーーそれは、強欲だ。俺もお前もあいつも……欲深い生き物なんだろうさ」
「……」
エミリアは悲しそうにするユリスの顔を見上げる。
抱えられた状態で、ユリス達を必死に探すバーンを見ているユリスを。
その胸の内は分からないがーーーーどこかユリスが弱く見えてしまった。
バーンは探す。
自我も意思もないまま、本能で憎き標的を探し回る。
「成り果てた獣よ。己の強欲の名の元に、その意識を保とうとするーーーーその権利を頂く」
ユリスが告げた瞬間、バーンは地に崩れ落ちた。
♦️♦️♦️
「……まずは、セシリアを探して癒して貰うか。そして皆と合流しなきゃなーーーー勝手に来てしまったし、多分俺の事探してるだろうからな」
ユリスは地面に伏すバーンを横目にして、抱き抱えるエミリアに提案する。
「え、えぇ……その前に、降ろしていただけないでしょうか?」
「あ、悪いな」
若干顔が赤くなったエミリアをゆっくりと降ろす。
地に足をつけたエミリアは少しフラフラしているが、肩を貸せばなんとか歩けるだろう。
だが、どうして頬に赤みがかっているのかが、ユリスには理解できなかった。
「その前に、こいつどうする? 俺としてはこのまま放置ーーーーあるいは、放置しておくのがベストだと思うんだが……」
「ユリス様……それは放置したいと言うことですか?」
全くもってその通りですと、ユリスは首を縦に振る。
ユリスはバーンに対して好意的な印象を抱いていない。危害を加えようとしていた事を含め、バーンを介抱する気にはなれなかったのだ。
「ですが、このままだと魔獣に襲われてしまう可能性もあります……お願い、できませんか?」
エミリアは弱々しくも、上目遣いでユリスにお願いする。
エミリアは王女。それでいてセシリアやミラベル達にも劣らない美少女様だ。
そんな相手にお願いされたとなればーーーー
「ズルくね?」
「ふふっ、淑女の嗜みですよ」
こんな小狡い手が嗜みになってしまえば、いよいよ世も末だなとユリスは思った。
ユリスはげんなりと肩を落とすと、バーンの首根っこを掴み上げ、この場から立ち去ろうとする。
「ほら、さっさと行くぞ。早く皆と合流ーーーー」
『おぉーっとー!!! 早くも因子が脱落だァ! 適合者にも依り代にすらなれねぇなんて、とんだ屑だったとはなァ!!!』
そんな時、不意にユリス達に向けられて声が聞こえる。
ボロボロのローブに髪はなく、腰にはいくつものダガーをぶら下げ、腕には禍々しい紋章が描かれていた。
そんな男。
その腕にはサラリとした金髪が特徴の、小柄な少女がぐったりと抱えられている。
「依り代にもなれず、王女も殺せず、お前はなんの為に産まれてきたと言うのかッ!?
だからこその救済! さぁさぁ、盛り上がって参りましたァァァァァァァァァァァッ!!! 」
その男が狂気の笑みを浮かべて、ユリス達に近づく。
バーンは権利を奪われ意識をなくし、エミリアは現状が理解出来ずに呆然とし、ユリスはーーーー
(……あ?)
拳をわなわなと震わせていた。
目の前に映る奴は誰だ? いや、そんな事よりもあそこにいるのはセシリアじゃないのか?
……そんな思考が渦巻く。
「依り代は現れなかったものの! 救済に必要な贄がここに二人! 聖女に王女がこの場に二人! あぁ……アァァァァァァァァァァァッ!!! 救済がッ! あと少しでェェェェェェェ!!!」
男は叫ぶ。
狂気じみたその言葉は場を飲み込み、エミリアの言葉を詰まらせるものだった。
「全ては邪龍の復活の為にィィィィィィィィィィィィィィッ!!! このこの俺が救済をォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!」
今のセシリアには、あのユリスに向けていた無邪気な可愛らしい笑顔はない。
生きているのか、その胸はゆっくりと上下していた。
だが、だがだがだがだがだがだがだがだがだがだがだがだがだがだがだがだがだがだがだがだがだがだがだがだがだがだがだがだがだがだがだがだがだが。
ユリスが、今の彼女の状態を知るはずもなし。
ただ分かるのは、己の大切な人が傷つけられ、目の前の男の手元にいるという事だけ。
故に、そう……故にーーーー
「イィィィィィィィィィィィィィィィィィィラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」
大切な人を傷つけたであろう目の前の男を許さない。
目の前の男の紋章よりも禍々しく、負のオーラを撒き散らしながら、その言葉を叫ぶとユリスは姿を変えていく。
エミリアを跳ね除け、バーンを地面に落とし、ユリスの体は黒く闇に覆われる。
そして、その姿は大きく変わり……巨大な獣へと変わっていった。姿は闇を覆ったまま、禍々しくも四足で立ち上がる。
「グルアァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」
巨大な獣咆哮が森に響き渡った。
強欲の代償ーーーーそれは、大切な人が傷つく事で支払われ。
ユリスは
全ては、憤怒の赴くままに。
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