現れる存在は罪深く、少女を守る

 セシリアが魔信号を打ち上げた頃、セシリアの目的通り二人の講師はその狼煙を目撃していた。


「くそッ! 起こらないで欲しかったんだがな!」


 カエサルはすぐさま立ち上がる。

 全速力で今から向かえば、あの狼煙の位置まではものの数分で辿り着くことが出来る距離だ。


 だが、問題が起こったということは生徒が危険に晒されているということ。

 故に、一刻も早く着かなければと言う焦りがカエサルを蝕む。


 だがーーーー


「おやおや、どちらに向かわれるのですか?」


 ジョセフはカエサルとは違い落ち着いている。

 生徒が危険に晒されているのにも関わらず、ゆったりと顎に手を当てて。


「お前ッ! あの狼煙が見えねぇのか!?」


「えぇ、えぇ……見えていますよ? しっかりとはっきりとくっきりとーーーーそれを踏まえて、?」


 信じられない言葉だ。

 魔信号を確認しているにも関わらず、それでも向かおうとしない。

 講師として、あるまじき発言だ。


「ふざけてるのか!? 生徒が危険に晒されているんだぞ!? 今すぐ向かわなきゃならんだろうがッ!!!」


 カエサルはその形相を歪め激怒する。

 それでも、ジョセフは悠然と狼煙を見てその言葉を受けた。


「ふむ……さては、先に狂ってしまいましたね? 予定より少し早い気がしますが……まぁ、予定は予定ーーーー崩れることもまた当然ですね」


 その言葉はカエサルには理解できなかった。

 だからカエサルは己の大剣を掴んでその場を駆ける。


(こんな奴の相手をしてる場合じゃねぇ……!)


 ジョセフが何か知っているのだろう、何か関わっているのだろう事はなんとなく分かる。

 だが、ここで問答している間にも打ち上げた生徒が危険に晒されているのだーーーー行かなければならない。


 するとーーーー


「おやおや、どちらに行かれるのでしょうかーーーーと、お聞きしたつもりですが?」


 ジョセフの手から大きな岩が飛び出す。

 それは走るカエサルの背中を目掛けてーーーー


「ふんッ!」


 だが、カエサルは振り向き様に大剣を人薙ぎして粉砕させる。

 ジョセフもそれで終わりではない。次々と無詠唱で岩弾を打ち込んでいく。


 どれもカエサルには届かない。それはS級クラスの実力だから当然だろう。

 しかしーーーー


「ジョセフゥゥゥゥゥゥッ!!! 邪魔するなァァァァァァァァァッ!!!」


「そんなつれない事を言わないでください……私、S級と相対するのは初めてなのです!!!」


 足止めには十分。

 彼が繰り出す魔法を相手にして、いち早く森に向かうのは困難を極めた。


 故にカエサルは歯噛みする。

 苛立ちと怒りが募りーーーー正しく、憤怒を体現する。


「貴様ァァァァァァァァァッ!!!」


「くふふっ……さぁ、お相手してくださいッ!」


 カエサルは、憤怒の形相でジョセフに向かって肉薄した。



 ♦️♦️♦️



「はぁ……はぁ……ッ!」


 エミリアは森を駆ける。

 時折枝に引っ掛かり、その白い肌に傷を作るが、お構いなしに森を駆ける。


「オ……オオジョォォォォォォッ!!!」


 自分の事を呼んでいるのだろうバーンが後ろを追う。

 何も考えず、木々にぶつかろうが狙いの王女目掛けて凄まじい勢いでその背中を追っていた。


「蒼き茨よ!」


 エミリアは振り向き様に上級魔法を発動する。

 すると、辺りから氷でできたような茨が現れ、一瞬してバーンに絡み始める。

 幻想的な美しさを誇るその茨には無数の棘が存在しており、動きを止めたバーンに深く突き刺さった。


 がしかしーーーー


「グラァァァァッ!!!」


「これでもダメですかッ!」


 悪態をつき、エミリアは再び森を駆け始めた。

 拘束も足止めも失敗。であれば、体勢を整えて再び挑むしかない。

 だが、そんなエミリアを逃さまいとバーンも声にもならない雄叫びを発して迫りくる。


「ユルッ……ユルザネェェェェェェェェェァァァァァァァッ!!!」


 何を言っているのか分からない。

 だが、それは憎悪の名の元にエミリアを追っているということは理解できた。


(そろそろ限界ですね……っ!)


 このままでは自分が先に魔力がなくなってしまうだろう。

 そうなれば、身体強化と魔法が使えなくなったエミリアはあっさり捕まってしまう。


 一方で、バーンは魔力を使っている様子がない。

 ただ、髪の色は金色から赤く変わり、目も完全に黒一色に染まってしまっていた。


「化け物です……っ!」


 どうしてバーンがこうなってしまったかも分からない。

 だが、これ以上は自分の手に負えないーーーー故に、


「壁よ!」


 最後の最後。

 エミリアは時間を稼ぐ為に、目の前に先程よりも厚く硬く広範囲に壁を作った。

 己の魔力を最大限に使い、


 エミリアはポケットの水晶を取り出す。

 そして、おもいっきり地面に叩きつけようとした瞬間ーーーー


「オォォォォォォォォォォォォジョォォォォォォォォォォォッ!!!」


「なッ!?」


 あっさりと、禍々しい雄叫びと共に砕かれてしまう。

 そして、驚くエミリアに向かって突進……エミリアの胸倉を、バーンの太くなった腕がようやく掴んだ。


「グラァァァァァァァァッ!!!」


「かはッ……!」


 その衝撃で、エミリアはユリスから貰った水晶を落としてしまう。

 その反動で水晶は砕けたが、その代わりエミリアはバーンに掴まれるがまま、木々をその身で薙ぎ倒される。


「……ッ!」


 激しい痛みが背中を襲う。

 今まで味わった事のない痛み。王宮で暮らしていた時には味わう事なんてなかった。

 やがて、バーンはエミリアを掴んでおもいっきり振りかぶると、そのまま別の木々に向かって放り投げた。


「~~~~~ッ!!!」


 飛ばされたエミリアはおもいっきり激突してしまう。

 頭を庇い、背中を打ち付けたので致命傷は避けたが、それでも骨の何本かは逝ってしまった。


(痛い……痛いです……ね)


 泣きそうになる。

 自分だって、好きで王女をやっているわけでも、恨まれ役をやっているわけではない。

 それでも、王女として……その責を全うしようとしているだけなのだ。


 好きで……囮をしているのではない。

 好きで……恨まれているのではない。

 好きで……王女をしているのではない。


 痛みで、どんどん思考がネガティブになってしまうエミリア。


(私だって……普通の女の子になりたかったです……)


 王女でなければ、こうして命の危険に晒される事もなかったのかもしれない。

 今、この現実が……冷静なエミリアを冷静でいられなくしている。


「グガァ……」


 エミリアを捕まえる事に成功したからなのか、バーンは先程の狂乱が収まり、ゆっくりとその足をエミリアに向ける。

 逃げたくても、エミリアの全身は痛みが襲って思うように力がないらない。


「ふふっ……」


 迫りくる化け物。

 エミリアは笑う。


 諦めているからではない。

 恐怖で壊れたからでもない。


 自分がお伽噺のお姫様ではないことは分かっている。

 それでも、普通の女の子であれば味わえないこと……なのかもしれない。


 それはーーーー





「か弱い女の子を悠々と痛め付けようだなんてーーーーそれは傲慢じゃないか?」




 ドゴォォォン!!!


 と、激しい衝撃音と共に一人の少年の声が聞こえる。

 その瞬間、バーンの体がエミリアとは反対側の木々に吹っ飛んだ。


 草木が折れる音や砕ける音がその後に続く。

 そして、現れた少年は申し訳なさそうに、表情を崩す。


「悪いな……遅くなって」


「いえ……大丈夫です」


「いや、それは大丈夫じゃねぇだろ」


 ユリスはエミリアの体を見やる。

 服はボロボロで、所々に傷跡や血がチラチラと覗いていた。


「後でセシリアに癒して貰え……女の子は、傷があっちゃいけねぇんだ」


「……あら? それは優しいですね」


「うるせーーーーいいからそこで黙って見てろ」


 ユリスは前を向く。

 その背中は逞しく、エミリアはそこはかとない安心感を覚えてしまった。


「グラァァァァッ!!!」


 バーンが木々の間から立ち上がる。

 再び驚異が訪れるはずなのに……不思議とエミリアの中には恐怖が浮かばない。


「本当の傲慢を教えてやろうじゃねぇかーーーー」


 ユリスは不遜に両手を広げる。

 その姿はあまりにも無防備で、驕りを象徴しているかのようだった。


 ……普通の女の子には味わうことができないだろう。

 こんな、自分のピンチに突如現れ、己を助けてくれる……その嬉しさを。


「その大罪は、どれに当てはまるんだろうな?」


 大罪の魔術師が、おかしくも少女を守るために悪に立ち向かう。

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