大罪の魔獣

 昔、ユリスが大罪の魔術を身に付けた頃。


「お前さんや……流石にアレはもう使うなよ?」


 ユリスがよく訪れていた森の奥にある小屋で、師であるミュゼがユリスに向かって言った。


「……そんなにヤバかった?」


「覚えとらんのんか……まぁ、妾の体とお前さんの体を見たら大体分かるじゃろ」


「……そうだよな」


 ユリスはベッドに横たわり、あちらこちらに包帯が巻かれ、腕と顔に大きな黒い痣が見えていた。

 一方のミュゼも服はボロボローーーー体こそ傷はないが、服に血が大量に滲んでいる事から大体が察せれた。


「妾ですら止めるのに精一杯……ようやく抑えれたんじゃぞ? 他に誰が止めれるんじゃ?」


「……さーせん。イメージできないっす」


「じゃったら、今後は使わんことじゃな」


 ミュゼは横たわるユリスに向かって、真面目な顔で口を開く。


「お前さんがその魔術を編み出したのは凄いと思うが……些か、その力は強すぎる。大きな力は個の問題ではなくなるのじゃ。必ず、周囲を巻き込んでしまうぞ? 少しは自重も律する事も覚えるのじゃなーーーー特に、憤怒はいかんぞ?」


 その言葉は、今でもユリスの記憶に残っている。



 ♦️♦️♦️



 ユリスの魔術ーーーー憤怒イラ

 それは憤怒の大罪に冠する魔術である。


 怒り、憤る。その感情の昂りは人それぞれで、些細なこともあれば激情に駆られてしまう事もある。

 起伏の激しい罪でもあるが、ユリスの憤怒イラは、ユリス本人の最大級の怒りを感じた時のみ発動してしまうーーーー制御のできない魔術なのだ。


 その効果は、禍々しくもーーーー


「グルアァァァァァァァァァァァァァッ!!!」


(……ユリス……様?)


 エミリアは地面にへたりこみ、首を上げてソレを見る。

 先程まで、あの優しくも力強い腕に触れていたというのにーーーー今となっては、触れることなく禍々しさを感じてしまう。


「す、素晴らしいじゃねぇか!? なんだよその体!? なんだよその禍々しさは!? どこから見ても化け物じゃねぇか!!!」


 男は嬉々として、その獣を見て叫ぶ。

 セシリアを放り投げ、男はダガーを両手に持ち嬉しそうにその獣に相対した。


(こ、これはユリス様なのでしょうか……?)


 エミリアは、目の前の現実に驚きを隠しきれない。

 男が現れ、叫んだ瞬間ユリスがその禍々しい獣に変貌してしまったのだ。


 理解もできなければ声も出すことができない。

 腰が引けて上手くその場から立ち上がれず、ただただその獣を見上げるばかり。


「感じる……お前こそ、依り代に相応しいッ! さぁ、その体に因子を埋め込ませろォォォォォォォォォォッ!!!」


「オォォォォォォォアァァァァァァァッ!!!」


 獣が叫び、男がダガーを持ってユリスであった獣に肉薄していく。

 体勢を低くし、逆手に構えたダガーを獣の足に向かって切り裂こうと刃を振るった。


 だが、その刃は肌に触れはしたもののあまりの硬さに弾かれてしまう。


「頑丈だなァおいッ!?」


 それでも男は握ったダガーを何度も何度も振るう。それでも刃は通らない。

 そして、今度は獣が動いたーーーー


「グルゥゥゥゥゥゥァァァァァァァァッ!!!」


 足元で動く男に向かい、獣はその前足を大きく横に薙いだ。

 その動きは巨大な体躯に見合わない程の速さ。加えてその威力は凄まじいものだった。


「ごふッ!?」


 男は避けられもせず、その前足を受けると遥か後方まで吹っ飛んでいく。

 しかし、それでも男は倒れない。


「きひゃ……っ、きひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」


 口から血を流しながらも、腕があらぬ方向に曲がっていようとも、男の顔には笑みが浮かぶ。


 痛みを感じない狂気。

 男は正に人を辞めているかのようだった。


「ガラァァァァァァァァッ!!!」


 隙も与えない勢いで獣は木々を薙ぎ倒し、再び男に向かって走り出す。

 まるで飢えた狼のようだーーーー決して標的を逃さまいと、激しい雄叫びを上げてその牙を向けた。


「いいッ! いいぜお前ェ!」


 だが、それでも男は獣に向かって走り出す。

 嬉しそうに、折れた片腕をぶら下げながら、愛用のダガーを握りしめて禍々しい獣に立ち向かう。


 その光景は、無謀と蹂躙の一言に尽きる。



 ♦️♦️♦️



『グルァァァァァァァァァァァァァァッ!!!』


「な、なに今の声!?」


 森を駆けるミラベルの耳に、強烈な何かの咆哮が聞こえてきた。

 耳のいいエルフであるミラベルは、思わず耳を塞いでしまう。


「あんな声を出す魔獣なんていたか!?」


「いないと思うわ……というより、いたら私達がこうして実習訓練なんてしてないで、騎士団か討伐隊が派遣されてるわよ」


 リカードは驚き、アナスタシアは冷や汗を流す。


 もし、強力な魔獣がこの森に生息しているのであれば、今頃騎士団や討伐隊が編成されて討伐に向かっているはずで、こうして学生のアナスタシア達が実習訓練なんてしているはずがない。


(だったらこの声の魔獣は一体なに!?)


 アナスタシアは内心パニックになる。

 本来であれば、すぐさま魔信号を打ち上げて危険を伝え、今すぐにでもこの森を離れるべきだ。


 しかしーーーー


「ユリスは何処に行ったのよ!?」


 焦りながらも、アナスタシア達は森を走る。

 今すぐにでも逃げないといけないのだが、自分の友達ーーーーユリスが、黙って急にいなくなり行方を眩ましたのだ。


 心配に、ならないはずがない。


「本当に、何処に行ったんだろうね……っ!」


「全くだぜ……!」


 ユリスがそこいらの魔獣に遅れをとるとは思えない。

 だが、それでも色々な要素がアナスタシア達の不安を駆り立て、その安否を心配しまう。


 だからこそ、魔信号が打ち上げられ、魔獣の咆哮が聞こえた今でも、こうしてユリスを探しているのだ。


「それに、セシリアちゃんとエミリアちゃんも姿が見えないし……」


「バーンの姿もなかったよな……! もう一人のパーティーメンバーはいたんだがよぉ!」


「えぇ……絶対に何かに巻き込まれてるわよね……」


 ユリスが傲慢スペルディアの魔術で急にいなくなってから、アナスタシア達は打ち上げられた魔信号を見て、急いでその場に向かった。

 もしかしたらそこにいるのではないかと。


 だが、着いてみればそこには意識を失って倒れているセシリアのパーティーメンバーのみ。

 外傷こそはなかったものの、そこで何かがあったのは間違いなかった。


 それが分かったアナスタシア達は、ユリスだけでなくセシリア達をもこうして探している。


「カエサル先生達はなにしてんだよ! 明らかに状況がおかしいだろッ!?」


「そうね……」


 魔信号を打ち上げられたのにも関わらず、講師であるカエサル達が駆けつけていない。

 それは異常だ。アナスタシア達から見ても、カエサルが寝てて気づかないという馬鹿をおこしているとも思えず、それが余計にも今の現状を更に不安にさせる。


 だが、いくら探し回っても三人の姿は見つからない。

 故に、覚悟を決めたアナスタシアは先程から聞こえる獣の声のする方向を向く。


 そして、その足を危険な場所へと向けた。


「来る勇気と覚悟があるなら来なさい! あそこに、ユリス達がいるはずよ!」


 二人を置いて、アナスタシアは駆ける。

 ここまで探したのだ。残るは声のする方向ーーーーそして、明らかに危険だと分かる場所。


 ユリス達は何かに巻き込まれてる。

 だからこそ、危険と分かる場所で自分達も加わってしまえば無事でいられるかは分からない。


 だから二人には選択を与えてアナスタシアは向かって行った。


(私は、絶対に見捨てないッ!)


 だがーーーー


「行かねぇ訳がねぇだろ!」


「私も! ユリスくん達を放っておけないよ!」


 ミラベルとリカードは迷わずアナスタシアの後ろをついていく。

 アナスタシアと同じで、見捨てることなんてできないのだと。


 それがアナスタシアにとっては嬉しくて、その顔には自然と笑みが溢れていた。





 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ※作者からのコメント


 ここまで読んでくださりありがとうございます。

 今まで2話投稿してきましたが、今日から1話投稿に致します。


 何卒よろしくお願いいたします。

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