教皇からの手紙
「それで? こんな朝っぱらから呼びだして、一体何の用ですかね?」
広がる朝食に手をつけながら、ユリスはマルサに向かって尋ねる。卓に並ぶシチューにパンを浸し、それを頬張るユリスは些か貴族としてのマナーがかけているのかもしれない。
「朝っぱらと言うが、この時間はいつも朝食をいただく時間ではないか?」
「それが早いって言ってんだよ」
周辺貴族や平民ですら、こんな時間に起きたりはしない。農民が収穫の為に起きるぐらい。少しばかり、この家族は時間間隔が狂っているのではないだろうか? と心配になるユリス。
「でも、早起きするのはいい事だと思いますよユリス? 私も、教会で暮らしていた時は早起きしてました!」
「そうかそうか……勤勉だなぁ」
褒めて欲し気に頭を寄せるセシリアにユリスは頭を撫でてあげる。するとセシリアは「えへへっ」と嬉しそうにはにかんだ。
食事中であるにも関わらず、両親からのお咎めがないことから、この家族はマナーに関しては緩い事が伺えた。
「あらあら、相変わらず二人は仲良しねぇ~」
「私とユリスは仲良しです!」
「……そうっスね」
聖女に対して仲良し何て言っていいのだろうか? 周りの貴族が聞いたら激怒しそうなものだと、実の母親の発言に頭を抱える。
「実はな、教皇様から手紙が届いてな……」
「教皇様からですか⁉」
マルサが懐から手紙を取り出すと、セシリアは身を乗り出して食いついた。
聖女として過ごしてきたセシリアに両親はいない。孤児として教会に拾われ、女神から寵愛と加護を頂いた彼女には『親からの愛情』なんてものは与えられなかった。
そんな時、実の父親のように接してくれたのが、教会最高権力者である教皇なのだ。愛情を知らなかったセシリアはその愛情に触れ、教皇を実の父親のように慕ってきた。
故に、その教皇から手紙が来たと知って喜んだのだ。この地に滞在の許可を貰ったとは言え、会えなくて少し寂しかったから。
「ふむふむ……どれどれ?」
ユリスはマルサから手紙を受け取り、その手紙の内容を読み始める。それに合わせて、セシリアも覗き込むように内容に目を通した。
横を向けば桜色の唇が眼前に迫っているので、少しばかり頬が赤くなるユリス。だが、ここで唇に引き寄せられようものなら最後まで行ってしまう自信がある為、グッと堪えて手紙を注視した。
『セシリア、及びアンダーブルク子爵家殿
セシリア、元気にしているかい? 僕は君が息災で幸せにしているなら何よりだよ。君が育った教会の皆も元気にしている。勿論、私もね。
アンダーブルク子爵家の皆様方にも、セシリアの面倒を見ていただき感謝いたします。自由奔放で、皆様にはご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんが、セシリアはとてもいい子に育ってくれました。これからも、どうかセシリアをよろしくお願いいたします。
————さて、今回急な直筆を立てさせていただいたのは、セシリアを『ラピズリー王立魔法学園』に入学させてあげて欲しい、というお願いになります。
というのも、聖女が成人するという話を聞いたラピズリー国王が「是非、王立魔法学園に入学して欲しい!」と、教会に直接の要望があった為です。
私としても、国王様のお願いとあれば無下にはできませんし、セシリアに学園という教育機関で教会では味わってこれなかったような経験を積んで欲しいと考えています。
ですので、どうかセシリアを王立魔法学園に入学させてあげていただけないでしょうか?
もちろん、学費は教会と国が負担します。
……加えて、差し出がましいお願いですが、アンダーブルク子爵様のご子息も共に入学していただけないでしょうか?
世間知らずなセシリアは、きっと学園で様々な困難に苛まれるでしょう。
だからこそ、セシリアの恩人であるご子息にお願いいたします。どうか、セシリアのサポートをしていただけませんか?
セシリアから頼りになる青年とお伺いしておりますので、私の可愛い娘の支えとなっていただけませんか? さすれば、きっとセシリアも喜ぶことでしょう。
どうか、よろしくお願いいたします。
皆様に、女神様の祝福があらんことを』
手紙を最後まで読み切り、ユリスはしばらく考え込むと、清々しい笑みを作り、両親に向けて口を開く。
「ごめん、俺無理だわ!」
「……それは、どうしてなのユリス?」
即座に清々しい顔で否定したユリスに対して、マリアンヌは鋭い目つきで尋ねる。
だけど、そんな母親からの視線に臆することなく、ユリスは淡々と告げた。
「王立魔法学園って、ラピズリー最大の魔法学院だろ? 才ある若者を国の為に育て上げる為だけに作られた教育機関————そこらの学園とは目的も目標も株も格も違う場所……そう聞いているんだけど?」
王立魔法学園。王都に存在するその学園は国が総出で運営する教育機関。創立300年の由緒あるこの学園は多くの貴族や才ある平民が入学し、実力を伸ばす場所である。
歴代では勇者を輩出したり、王家直属の親衛隊への配属や宮廷魔法士や王国騎士騎士などなどーーーー多くの卒業生が栄えある道に進んでいた。
「……あぁ、そうだな」
「そして、そこでは『魔法』が最も注視される」
「……」
この世界では、あらゆる事象に干渉させる『魔法』が広まっている。快適な生活を送る為だけではなく、国家間の戦争や魔獣や魔族などの脅威から守る為の手段として、魔法士が育て上げられてきた。
どこの国も、優秀な魔法士は重宝される。この王立魔法学園は、国に仕える優秀な人材————魔法士を育て上げる為の機関でもある。
だからこそ、ここでは『魔法』の才があるものが足を踏める場所でもあるのだ。
だけど————
「俺、魔法使えねぇし。だから俺はこの話は蹴らせてもらうよ」
ユリス・アンダーブルクは魔法が使えない。
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